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標的はホワイトハウス?

悪名高いパキスタンのタリバン司令官バイトゥラ・メフスード、米政府への「攻撃予告」は単なる脅しでも、油断は禁物だ

2009年5月7日(木)10時14分
マーク・ホーゼンボール、マイケル・イジコフ(ワシントン支局)

取材に答えるメフスード(左から2人目、08年5月) Reuters

 アメリカ政府の対テロ作戦担当者は、バイトゥラ・メフスードへの警戒を強めている。メフスードはパキスタン北西部の部族地域を拠点とするイスラム系武装勢力の司令官。最近、アフガニスタンの反政府勢力タリバンの最高指導者ムハマド・オマル師に忠誠を誓ったといわれ、パキスタン国内で活動するタリバン系組織の指導者として頭角を現している。

 3月30日にパキスタン東部の都市ラホールで発生した警察学校への襲撃事件も、メフスードが黒幕だったとみられている。銃と手投げ弾で武装した襲撃犯は、8時間にわたり治安部隊と銃撃戦を展開。少なくとも十数人の死者を出す惨事となった。

 事件の直後、メフスードを名乗る人物がAP通信などの電話取材に答え、自分たちの犯行だと明かした。この人物はさらにAPとのインタビューで、「われわれはもうすぐワシントンに攻撃を仕掛け、世界中を驚かせる」と語り、ホワイトハウスへの襲撃計画があると打ち明けた(米政府当局者は、この人物がメフスード本人ではない可能性もあると指摘している)。

 3月末に発行されたアメリカの警察関係者向けの会報によれば、FBI(米連邦捜査局)はメフスードの戦術が高度化しているとみて、注目しているという。この会報はホワイトハウス襲撃計画についても触れている。

情報機関との深い関係

 だが米政府当局者は、メフスードの一派にアメリカ国内でテロ攻撃を仕掛ける力はないと語り、この脅しを深刻には受け止めていない。FBIのリチャード・コルコ報道官は電子メールの声明でこう述べている。
 「バイトゥラ・メフスードの主張は承知している。この人物は過去にもアメリカに対して同様の脅しを行ったことがあり、新しい犯行予告は願望にすぎないと判断している。アメリカの警察関係者に送られた会報は、あくまで一般的な状況を知るための資料だ。アメリカが特定の切迫した脅威にさらされているとは考えていない」

 メフスードの組織の拠点があるとされるパキスタン北西部の山岳地帯・南ワジリスタンは、アルカイダ強硬派の工作員が潜伏している場所でもある。しかも専門家によれば、この2つの組織は以前から密接な関係にあった。

 ことによると、メフスードは別の組織がホワイトハウスの襲撃を計画しているという情報をつかんだのかもしれない。しかし、情報機関の報告書の内容をよく知る2人の米政府当局者によれば、そのような破壊工作がアメリカ国内で進められていることを示唆する具体的な(または信頼できる)情報は現時点ではないという。

 メフスードの一派が関与したとみられるパキスタン国内のテロ事件は、ラホールの警察学校に対する襲撃事件だけではない。首都イスラマバードの警察施設で3月23日に発生した自爆テロや、軍の車列を狙った30日の自爆テロも、メフスードに近い組織の犯行だとされている。

 アシフ・アリ・ザルダリ大統領の亡き妻でもあるベナジル・ブット元首相が暗殺された07年12月の事件についても、アメリカとパキスタンの当局者はメフスードとのつながりを指摘する。現地の報道によれば、今年3月3日にクリケットのスリランカ代表チームを乗せたバスがラホールで襲撃され、警官など8人が死亡した事件でも、メフスードの一派に近い武装組織から犯行声明が出ているという。

 厄介なのは、パキスタン国内で活動するメフスードのような武装勢力が今もパキスタンの情報機関・軍統合情報局(ISI)の一部から支援を受けている可能性があることだ。ISIは冷戦期、アフガニスタンに侵攻した旧ソ連に対抗する目的でタリバンのようなイスラム系武装組織の結成を後押しした。その後もISIの一部は、ひそかにイスラム過激派を支援し続けてきたとみられる。

狙いは現政権の弱体化

 特にISIの「Sウイング」と呼ばれる部門は、国内のイスラム系武装勢力とのつながりが強いといわれている。そのため米政府は、何年も前からパキスタン側に圧力をかけて支援をやめさせようとしてきた。

 一部の米当局者とザルダリ政権に近い情報筋は、Sウイングの一部がメフスードのような武装勢力をあおり、警察を含むパキスタン国内の主要な標的への攻撃を助長しているとにらんでいる。この攻撃の狙いはザルダリ政権とパキスタンの治安機関を揺さぶり、弱体化させることにあるという。

 米当局者は今も、ウサマ・ビンラディンとアルカイダの最高幹部らがパキスタン国内に潜伏しているとみている。さまざまな国籍のテロリスト志願者が集まる主要な訓練キャンプもパキスタンに置かれているという。

 それを考えれば油断は禁物だと、米当局者は口をそろえる。たとえ現時点ではアメリカ国内で襲撃計画を実行する能力を持ち合わせていないとしても、メフスードのようなイスラム系武装勢力への警戒を緩める気はないようだ。  

[2009年4月15日号掲載]

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