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クルド人問題

PKKがついに武装解除...死者4万人・40年以上の「クルド人問題」がそれでも解決と言えない理由

A Hopeful Start

2025年7月23日(水)17時50分
ピナル・ディンク(スウェーデン・ルンド大学准教授)
PKK

トルコ政府に対する武力闘争を40年以上続けてきたPKKの武装解除は大きな転機となるのか KURDISTAN WORKERS PARTY MEDIA OFFICEーREUTERS

<強権エルドアンも歩み寄りを見せ、トルコからの分離独立を目指すクルド人労働者党は長年の武力闘争路線を放棄したが...>

トルコからの分離独立を目指して戦ってきたクルド労働者党(PKK)が、武装解除と解散の手続きを開始した。

7月11日にイラク北部のクルド人自治区スレイマニアで行われた式典は、新しい時代の始まりを予感させる感動的なものだったと、多くの参加者が語っている。


クルド人自治区の政府高官やジャーナリスト、国際監視団が見守るなか、PKKの指導者4人と兵士26人が野外ステージに上がり、武器を火にくべる象徴的な姿を示した。

40年以上にわたるPKKの闘争は4万人の死者を出し、トルコとイラク、イラン、シリアにまたがる地域に暮らす3000万人以上のクルド人のアイデンティティーと政治に大きな影響を与えてきた。今後、PKKは政治対話と地域協力に舵を切ることになる。

エルドアン大統領

エルドアン大統領は民主主義を軽視しがちだ KLAUDIA RADECKAーNURPHOTOーREUTERS

さらに衝撃的だったのは、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領の翌日の発言だ。クルド人の独立要求を一貫してはねつけてきたエルドアンだが、拉致や暴力、村落の焼き打ち、家族の強制退去などトルコ政府のやり方に間違いがあると認めたのだ。

こうした手法は、対立を沈静化するどころか、悪化させることになったと、エルドアンは認めた。「誰もが代償を払った」とエルドアン。さらに、「昨日の式典で、トルコは痛みと涙を伴う歴史の1章に終止符を打ち始めた」とも述べた。

過去を清算する試み

トルコ政府とPKKの間で停戦合意がまとまったのは今回が初めてではない。だが、エルドアンは、議会に和平プロセスを監督する委員会を設置することを発表。今回はこれまでとは違って、制度的な裏付けと透明性のあるアプローチが取られることを示唆している。

今後の移行期間には、過去の暴力や人権侵害について正義を追求するプロセスが設けられる可能性もある。それによって社会に癒やしをもたらし、信頼を再建する試みだ。

さらにエルドアンは、「この問題は、トルコ・クルドだけでなく、イラクとシリアに住むクルド人の兄弟姉妹にも関わる問題だ」として、クルド人問題の地域的側面にも触れた。「今回の和平プロセスについては彼らとも話し合っており、彼らも非常に喜んでいる」

PKK fighters take part in a symbolic peace ceremony.

ただ、PKKの武装解除はクルド人の政治運動の消滅を意味するわけではない。それどころか、トルコでも、それ以外の国でも、民主主義的なシステムの中でクルド人の政治活動は活発化する可能性が高い。

今回のトルコとPKKの停戦合意が、中東における地政学的なシフトの結果であることは明らかだ。

アメリカとイランの緊張の高まり、イスラエルが続けるガザ戦争、シリアのアサド体制崩壊、そしてこの地域全体のパワーバランスのシフトなどにより、トルコにとっても、PKKにとっても、長期的な武力紛争は維持できなくなっていた。

その意味では、今回の和平プロセスは単なるトルコ国内の出来事ではなく、地政学的な戦略の見直しだ。地政学的な環境が急速に変わるなか、トルコにとっては南東部の国境地帯(クルド人居住地域)の情勢を安定させることが緊急の課題になっていた。

トルコはPKKと対立する一方で、長年、イラクのクルド人自治区政府とは緊密な関係を築いてきた。しかしシリア国内のクルドとの関係は依然として複雑だ。トルコ国境のすぐ向こう側にあるクルド人居住地域は、2012年以降、北東シリア自治当局として事実上の自治権を持ち、トルコはこれを安全保障上の脅威と見なしている。

一方、バシャル・アサド大統領の独裁体制崩壊後、シリアに新しい民主主義体制を確立しつつあるアフマド・アル・シャラア暫定大統領は、歴史的にアメリカの支援を受けてきたクルド人武装組織のシリア民主軍(SDF)と協力交渉を続けている。

イスラエルは苦い顔?

欧米諸国とりわけアメリカは、こうした交渉に大きな影響力を持つ。だが、シリア特使を兼任するトム・バラック駐トルコ米大使は、シャラアとSDFの交渉に進展がないことに懸念を示している。

さらにもう1つ、重要な複雑化要因がある。アラブ諸国とトルコ、そしてクルドの間で強力な同盟が構築されることは、おそらくイスラエルの戦略的利益とは一致しない。イスラエルにとっては、これまでのようにクルド人のプレゼンスがばらばらに散らばっているほうが望ましいかもしれない。

トルコは今、クルドの全面的な武装解除と動員解除、そしてトルコ社会への統合を主導するという難しい課題に直面している。それを成功させるには、PKKに武器を捨てさせ、武装部門を解体させるだけでなく、元戦闘員を政治や社会に復帰させる努力も必要になる。

だが、エルドアンは選挙で対立候補を逮捕させるなど、クルド問題以外でもたびたび民主主義のプロセスを蹂躙する措置を講じて批判を浴びてきた。また、トルコ政府はPKKの武装解除後も、「テロとの戦い」という表現を使い続けており、クルドの政治的要求が正当性を欠くものと見なされ、民主主義のプロセスで処理されない不安は残る。

実際、ハーカン・フィダン外相は、この地域のクルド人を統括するクルディスタン共同体同盟(KCK)の傘下組織全てが「わが国と地域にとって危険でなくなるまで、警戒を怠るつもりはない」と述べ、今後もクルド人との緊張は残ることを示唆した。

PKKにしてみれば、シリアとイラクにおける政治情勢の変化が、武力闘争を現実的選択肢ではないものにしたのかもしれない。だが、トルコ政府との和平プロセスを維持するためには、トルコの政治や社会がクルド人を犯罪者と決めてかかるのをやめる必要がある。

PKKの武装解除が歴史的な転機になるのか、それともこれまでと同じように和平維持の失敗に終わるかは、次に何がなされるかで決まる。

The Conversation

Pinar Dinc, Associate Professor of Political Science, Department of Political Science and Researcher, Centre for Advanced Middle Eastern Studies, Lund University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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