最新記事

アメリカ社会

モスク建設反対論の薄っぺらな本音

「思いやり」を旗印にしてグラウンド・ゼロ付近のモスク建設に反対する議論は、理不尽な感情論でしかない

2010年8月24日(火)17時22分
ウィリアム・サレタン

感情の対立 8月22日、グラウンド・ゼロ周辺はモスク建設反対派と賛成派のデモ隊で埋め尽くされた Jessica Rinaldi-Reuters

 9・11テロの現場となったグラウンド・ゼロ(ニューヨークの世界貿易センタービル跡地)の近くにイスラム教のモスク(礼拝所)を建設する計画をめぐって激しい論争が続いているが、反対派の主張はことごとく論破されつつある。

 13階建てのモスクが建つ? いや、そんな計画はない。グラウンド・ゼロの真上に建設される? 何度も言っているように、2ブロック離れた場所だ。建設計画の中心人物であるイスラム指導者、ファイサル・アブドゥル・ラウフは過激な思想にとらわれている? 単なる迷信だ。

 ラウフの背後に正体不明のスポンサーがいるという説も憶測にすぎない。ラウフが論争を煽っているって? バカらしい。彼は取材の電話を折り返そうとさえしない。怒りを爆発させているのは建設反対派のほうだ。
 
 反対派の論拠が揺らぐにつれて、彼らの主張は「思いやり」という最後の砦に集約されつつある。

 「思いやりに欠ける動きだ」とサラ・ペイリンが言えば、「いま問題なのは思いやりであり、人々の感情だ」と、前ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニも語る。「無神経なだけでなく挑発的」だと指摘するコラムをワシントン・ポスト紙に載せたのは、保守派の論客チャールズ・クラウトハマー。ナショナル・レビュー誌のリチャード・ラウリー編集長も、「モスク計画反対派が求めているのは、心から『特別な思いやり』を示す姿勢だ」と論じた。

 ネオコンの重鎮ウィリアム・クリストルは、この建設計画にはテロ犠牲者への「敬意」がないと語り、ブッシュ政権で国務次官を務めたカレン・ヒューズは、アメリカ人の多くがこの計画を「非礼」と感じており、別の場所を探すべきだと主張している。

不快感を感じる自分の内面を振り返れ

 9・11テロをめぐる感情は生々しい。愛する家族を失った遺族をはじめとする多くの人々が、グラウンド・ゼロ周辺にモスクが建設されるというニュースに動揺している。私の家族も似たような反応を示した。
 
 だが、感情と理性は別物だ。自分の気持ちが落ち着かないからといって、礼拝所を建てないよう他人に強制することはできない。自分はなぜ動揺するのか。不快感の根底にあるのは何か。なぜ他人が、あなたの不快感に配慮しなければならないのか。「思いやり」を連呼する議論には、自分の内面を振り返る作業が抜け落ちている。

 ペイリンは、モスク論争には「人々の知性」が反映されていると語ったが、どのように反映されているのかは説明していない。ジュリアーニは9・11テロの遺族が「泣いている」と訴えたが、涙の裏にあるイスラム教徒への認識については言及していない。

 ユダヤ人虐殺の舞台となったアウシュビッツ強制収容所の近くにあったキリスト教修道院を別の場所に移設させた前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世を、クラウトハマーは「20世紀を代表する道徳的偉人」と称えた。だが、そもそもなぜ修道院やモスクを移設させる必要があるのかについては、何も語っていない。

イスラム教徒に連帯責任を押し付けるな

 なかでも感情的な議論を繰り広げているのはクリストルだ。彼は、反対派の態度は「ヒステリック」な「過剰反応」だから「まともに取り合う必要はない」とバラク・オバマ大統領が評したことを批判している。では、クリストルはどういう根拠でモスク建設に反対しているのか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

NZの10年超ぶり悪天候、最悪脱する 首都空港なお

ワールド

日米2回目の関税交渉、赤沢氏「突っ込んだ議論」 次

ワールド

原油先物が上昇、米中貿易戦争の緩和期待で

ビジネス

午前の日経平均は続伸、一時500円高 米株高や円安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 9
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 10
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中