最新記事

教育

進化論を小学校で教えない愚

『種の起源』の出版から150年。自然科学の基礎であるダーウィンの進化論を学校教育から排除するのはもうやめよう

2009年11月26日(木)17時20分
メアリー・カーマイケル

何歳からOK? アメリカでは「残忍な自然淘汰の理論は子供にふさわしくない」という抵抗感が根強いが Ivan MIlutinovic-Reuters

150年前の今週、チャールズ・ダーウィンは『種の起源』を出版したが、彼が長らく出版をためらっていたのは有名な話。人々の宗教的信念を傷つけるのを恐れて、新説の発表を20年間も躊躇していたのだ。

 もっともダーウィンは、大人の心を傷つけかねない科学を自分の子供たちから遠ざけようとはしなかった。代わりに、彼は子供たちを実験に積極的に参加させた。

 赤ん坊のころには、彼らの顔を人類学者のように熱心に観察し、著書『人間及び動物の表情』を執筆。成長してからは、人工授粉の研究のため、「蜂に小麦粉を振りかけて追いかけ回す」という課題を子供たちに与えた。子供の好奇心を伸ばしつつ、自身の研究にも役立つというわけだ。

 子を持つ親なら誰でも、「子供は優秀なアマチュア科学者だ」というダーウィンの考え方に同意するはずだ。「3〜6歳あたりの子供は『あれは何? どこから来たの?』といつも聞いている」と、スワースモア大学(ペンシルベニア州)の進化生物学者で2児の父親でもあるコリン・パーリントンは言う。

「子供には難し過ぎる」は本当か

 多くの親や教師は、世の中という実験室で子供を自由に遊ばせたダーウィンではなく、進化論の発表をためらったダーウィンのように振舞っている。彼らはなぜ、自然淘汰について科学的でストレートな答えを子供に教えたがらないのか。

「あれは何?」「鳥だよ」「どこから来たの?」

 この質問に対する正確かつ興味をそそる答えは、「何百万年も昔に環境の変化にうまく適応できた恐竜から進化してきたんだよ」だ。だが、多くの学校で子供たちに与えられるのは「空から来たんだよ」の一言だけ。

「進化論を高校で教われればいいのに、と多くの人が思っていると思う。中学校で教えると、怒った親が乗り込んでくるからね」と、パーリントンは言う。「小学校(で進化論を教えること)の一線を越えようとする人はほとんどいない」

 宗教的な理由で抵抗感があるわけではない親や教師でさえ、幼い子供に進化論を教えることにためらいを感じるケースは多い。基礎を学んでいる段階の子供に説明するには、進化論は複雑すぎるというのだ。

「教師は進化論を教えるのを非常に難しいと感じている」と、パーリントンは言う。「生物学の学位をもっていないと間違いを教えてしまうと恐れている」

 だが、科学はすべて複雑なもの。それをわかりやすく教えるのが教師の仕事だ。科学のほぼすべての根底に流れる生命科学の大原則を語らなければ、科学をわかりやすく教えるのは一段と難しくなる。

 進化論の複雑さそのもの以上に大きなネックは、進化論が単なる複雑な理論以上のものだという点にある。進化論は残忍なのだ。

「かわいらしい理論ではない」と、教育系シンクタンク「コンコード・コンソーシアム」の科学者ポール・ホルウィッツは言う。「進化のために無数の生命体が死ぬという理論だ」。読者の繊細な心理を心配していたダーウィンと同じく、多くの親たちも「環境に最も適応した者だけが生き残る」という考え方が子供にはそぐわないと懸念している。

 子供時代から進化論を教えるべきだと主張する人々に言わせれば、そうした反対理由にはまったく根拠がない。子供は学校や遊び場で友達と競い合い、自宅できょうだいと張り合うもの。世間から隔絶された環境で甘やかされて育った子供でもないかぎり、日常生活で競争やそれがもたらす利益をすでに経験している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、欧州諸国の「破壊的アプローチ」巡りEUに警

ビジネス

英製薬アストラゼネカ、米国への上場移転を検討=英紙

ワールド

米EV推進団体、税額控除維持を下院に要請 上院の法

ビジネス

マネタリーベース6月は前年比3.5%減、10カ月連
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 9
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中