最新記事

米社会

自閉症が個性と認められるまで

自閉症は単なる病気ではなく人格の一部と主張するアスペルガー症候群の若者が、権利擁護のためのネットワーク作りに奔走する

2009年7月16日(木)14時22分
クロディア・カルブ

 春のワシントン。アリ・ネエマン(21)は紺のスーツに身を包み、キャスター付きブリーフケースを引いて会議から会議へと飛び回る。

 ネットワークづくりの達人で、選挙事務所で生まれて議会で育ったかのようだ。よどみなく政策について語り、政府高官や詮索好きな記者ともうまくコミュニケーションが取れる。礼儀正しく、社交的で、ユーモアのセンスもある。

 ただし、ビロードは苦手だ。昔、父親の車のシートにビロード風の生地が使われていて、そこに座ると気が変になりそうだった。「爪の間に入ったらどんな感じか、想像するだけで怖かった」とネエマンは言う。

 実はネエマンは医師からアスペルガー症候群(知的障害のない自閉症)と診断されている。ビロードに対する過敏な反応の原因は脳にあり、ネエマン自身はそんな脳が気に入っている。彼にとっては、アスペルガー症候群の「症状」を失うなんて、とんでもないことだ。自分の大事な個性なのだから。

 ネエマンが幼い頃から物事に過剰な関心を示したのもアスペルガー症候群のためだった。彼は2歳半のとき、ニューヨークのアメリカ自然史博物館で恐竜の骨の化石を見て「あれはテロダクティル(翼竜)」と言った。野球に夢中になった時期には膨大な数の選手名やデータを暗記した。

 憲法に取りつかれたこともある。ネエマンの友人ベン・デマーゾは、高校時代の週末にネエマンら級友3人とドライブに出掛けた。デマーゾたち3人は音楽を聞きたかったのだが、ネエマンは違った。「アリの奴、最高裁の口頭弁論を暗唱し始めるんだ。耳を疑ったよ」とデマーゾは言う。

「さまざまな脳の在り方」を認めて

 多数決ならネエマンに勝ち目はないのに? 「アリは負け知らずだ」とデマーゾは笑う。

 今もネエマンはわが道を行く。現在はメリーランド大学ボルティモア校で政治学を学ぶ傍ら、「自閉症セルフアドボカシー・ネットワーク」を主宰している。高校を卒業した06年に創設したNPO(非営利組織)だ。

 ネエマンは非常に難しい問題に取り組んでいる。自閉症に対する人々の意識を変えようというのだ。

 ネエマンに言わせれば、自閉症は障害には違いないが「個性」でもあり、社会は「さまざまな脳の在り方」を受け入れるべきだ。社会は自閉症者が勉強したり働いたりするのに必要な態勢を整え、成人後は自活できるよう支援しなければならない。

 自閉症者の主張に耳を傾ける必要もある。「全米で自閉症のことが議論されているが、議論の中心にいるべき人たちの声は無視されている」とネエマンは語る。

 ネエマンのネットワークは全米15州に支部があり、雇用機会均等委員会やアメリカ障害者協会と密接な関係を結んでいる。ネエマンら活動家は、自閉症者の権利擁護のための活動を公民権のための闘いと考えており、波風を立てることをいとわない。

「アリは歯に衣着せぬ物言いをする」と指摘するのは、ネエマンの取り組みの多くを支援する米自閉症協会のリー・グロスマン会長だ。「彼は自分が正しいと思ったことをずばりと言う」

 ネエマンはアメリカ最大の自閉症支援団体オーティズム・スピークスといった強大な組織に対しても臆せず批判を加える。そうした団体が世間の注目や同情を集めるために「自閉症は怖い病気だ」と訴えるのは問題だと、彼は考えている。それに、自閉症者の生活の質を向上させることより自閉症の原因究明のための研究を重視している点もおかしいと思う。

遺伝子研究に潜む個性排除の危険

 ネエマンは08年、ニューヨーク大学児童研究センターが自閉症の啓蒙活動のために制作した広告を中止させるために尽力した。「アスペルガー症候群」から親たちへの手紙という体裁を取った広告で、「息子を誘拐した。周囲から完全に孤立した人生を送らせる」という内容だった。

 ネエマンにとっては許し難い広告だった。「自閉症は泥棒のようなもので、夜の間に正常な子供をさらって自閉症の子供を置いていくと誤解されている」

 さまざまな誤解が生まれる背景には、自閉症の症例が軽度から重度まで幅広いという事情がある。自分で自分をかむ幼児もいれば、大卒なのに皮肉と本気の区別がつかない者もいる。

 そのため、自閉症に関してはいろいろな見方がぶつかり合っている。自閉症に関係した遺伝子探索など科学的研究についてのネエマンの意見も、あらゆる人の賛意を得られるわけではない。

 最近の報道によれば、自閉症全体の最大15%に関与している遺伝子の変異が特定された。個人差が非常に大きい障害にしては高い比率だ。自閉症には環境要因もあるとはいえ、自閉症の遺伝子診断が可能になれば、自閉症児に対する介入の時期が大幅に早まるだろう。いつの日か治療法も見つかるかもしれない。

 自閉症の原因を知りたい親にとっては心躍る話だが、ネエマンは不安を覚えている。彼は自閉症が治るとも、治すべきだとも思っていない。

 何より、自閉症の出生前診断が「優生学的排除」につながることを恐れている。診断法が開発されたら、それに頼る人も現れるだろうとネエマンは言う。そうなれば、ネエマンのような個性を持つ人間はいなくなるかもしれない。

 遺伝子研究にもメリットはあるのではないかと聞くと、ネエマンは正面切って反論するような態度は取らなかった。それでも、研究者はもっと倫理に配慮すべきだという意見を表明した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ダボス会議の米代表団、過去最大規模に トランプ氏や

ワールド

英首相、ガザ統治巡り米主導の暫定機関参加へ=報道

ワールド

JPモルガンCEO、FRBの独立性を支持

ビジネス

米12月CPI、前年比2.7%上昇 伸び前月から横
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救った...実際の写真を公開、「親の直感を信じて」
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    飛行機内で「マナー最悪」の乗客を撮影...SNS投稿が…
  • 5
    「お父さんの部屋から異臭がする」...検視官が見た「…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 9
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 7
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 8
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 9
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中