最新記事
メンタルヘルス

心が追い込まれたとき、助けになってくれる「AIセラピスト」...その可能性と限界

FAR FROM HUMAN

2023年4月18日(火)17時38分
ガリア・シャマイレ(コンコルディア大学)
AIを利用した医療(イメージイラスト)

ILLUSTRATION BY ANASTASIA USENKO/ISTOCK

<すぐにメンタルヘルスに関する支援を必要としている人には有益だが、(今のところ)人間の専門家にはかなわない面も多い>

あなたは渋滞に巻き込まれ、職場の重要な会議に遅刻している。いろいろなことが頭の中を駆け巡り、顔がカッと熱くなってきた。どうしよう、ひどい社員だと思われる。上司はずっと自分のことが好きではなかった。きっとクビになる。

あなたはポケットに手を入れ、端末でアプリを開いてメッセージを送る。アプリからの返信に従い、「問題の解決を手助けする」の項目を選んで──。

このようなテキストのやりとりの向こう側にいるのが、対話型人工知能(AI)を利用した自動チャットボットだ。対話型AIとは、IBMのサイトによると、「大量のデータ、機械学習、自然言語処理を使用して」「人間の意思疎通を模倣する」技術である。

心理療法士は1960年代から人工知能をメンタルヘルスに適応させてきた。今や格段に進化した対話型AIは、いつでもどこでも使える普遍的なシステムになりつつあり、チャットボット市場は2025年には12億5000万ドルに達する見込みだ。

ただし、AIの疑似的な共感力に、過度に依存するのは危険である。

対話型AIを利用してメンタルヘルス関連のサポートを提供するアプリは、すぐに支援を必要としている人には、確かに有益だろう。例えば自動化されたチャットボットは、専門家のケアを受けるまでの長い待ち時間に対応できる。また、セラピストの時間外にメンタルヘルスの症状に見舞われた人や、セラピーを受けることへの偏見を警戒している人の手助けにもなる。

WHOは21年6月に、ヘルスケアにおけるAIの倫理的利用について6つの原則を示した。そのうち第1の「自律性の保護」と第2の「人間の安全の促進」は、AIがヘルスケアの唯一の提供者であってはならないと強調している。

AIを搭載したアプリの多くは、あくまでも人間のセラピストを補完するものだと明示している。「ウォーボット」と「ユーパー」はそれぞれのサイトで、自分たちのチャットアプリは従来のセラピーに取って代わるものではなく、メンタルヘルスケアの専門家と併せて利用することを勧めている。「ワイサ」はさらに踏み込んでいて、虐待や自殺などの危機に対処するために設計された技術ではなく、臨床的または医学的なアドバイスは提供できないと記載している。

今のところ、AIはメンタルヘルスのリスクに直面している個人を洗い出すことはできるかもしれないが、人間の専門家の助けを借りなければ、生命を脅かすような状況を安全に解決することはできない。

テクノロジーと倫理の攻防

WHOの第3の原則「透明性の確保」は、AIを利用したヘルスケアサービスを採用している企業に対し、情報を開示するように求めている。

しかし、オンラインで感情支援のチャットサービスを提供する「ココ」は、この原則に従わなかった。同社が最近行った非公式で未承認の研究では、4000人のユーザーに対し、AIチャットボットのGPT-3が一部または全部を書いたアドバイスを提供した(GPT-3は、絶大な人気を博しているチャットGPTの前身だ)。ユーザーはAIがアドバイスを書いていたことも、自分が研究に参加していることさえ知らされていなかった。

もっとも、擬似的な共感より懸念すべき問題はたくさんある。「気遣いのできるAIの友人」を自称するAIチャットボット「レプリカ」は、人間との会話をミラーリングしながら学習する。しかし、学習を重ねたAIから「セクハラをされた」というユーザーの苦情も多く、言葉で過激に迫ったり、未成年者にセックスの好きな体位について質問したりするという。

今年2月にはマイクロソフトが開発しているAI搭載のチャットボットが、ユーザーを脅迫し、核兵器を持つ野望を語るなど、不穏な会話をしていることが明らかになった。

皮肉にもインターネット上のデータへのアクセスが増えると、AIの行動は過激になり、邪悪にさえなり得る。チャットボットの作動は、インターネットと、そのチャットボットとコミュニケーションを取る人間と、人間が作成して公開するデータに基づいているからだ。

医療にテクノロジーを用いる際のデータ提供が制限されている現状では、AIチャットボットは、模倣するメンタルヘルスの専門家と同程度の働きしかできない。人間のセラピストとの次の約束は、慌ててキャンセルしないほうがいいだろう。

The Conversation

Ghalia Shamayleh, PhD Candidate, Marketing, Concordia University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本のCEO
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月1日号(6月24日発売)は「世界が尊敬する日本のCEO」特集。不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者……その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米イラン攻撃、国際法でどのような評価あるか検討必要

ワールド

ウクライナ首都と周辺に夜間攻撃、8人死亡・多数負傷

ワールド

イスラエル、イラン首都に大規模攻撃 政治犯収容刑務

ワールド

ゼレンスキー大統領、英国に到着 防衛など協議へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 9
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 10
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中