コラム

日本の大学はChatGPTを「禁止」している場合ではない

2023年04月12日(水)15時00分

アルトマンCEOは今月来日して岸田首相と会談した Lucy Nicholson-REUTERS

<各大学の「ネガティブ」な反応は、まるで黒船を恐れる幕末の日本のよう>

アメリカのベンチャー企業、OpenAIが2022年11月30日に公開した対話型オープンAI「ChatGPT」は、人類の知的活動における生産性を飛躍的に高める可能性を秘めていると考えられます。話題になるのは当然と言えます。

ところがこの4月、新しい学年、年度を迎える中で日本の多くの大学では、大学として「利用の禁止、制限」をするというメッセージを発信しているようです。報道によれば、例えば、上智大学は「リポートや学位論文でChatGPTなどのAIが生成した文章や計算結果などを、教員の許可なく使うことを禁止」と、ここまでは当たり前ですが、「使用が判明した場合、厳格な対応を行う」というネガティブな告知を行っています。

4月7日に行われた京都大学の入学式では湊長博学長が、AI生成の論文には問題が多いと述べ、「文章を書くということは、非常にエネルギーを要する仕事だが、皆さんの精神力と思考力を鍛えてくれる」とスピーチの中で訴えたようです。間違ってはいませんが、やはりAIに対する姿勢はネガティブです。

もちろん、学生が「自分は理解していない」くせに、「AIが出力した解答」を丸写ししては全く学力は伸びません。まして、自然科学にしても、人文科学にしても、言語にしても、必要な知識や技能の獲得をサボって、AIで宿題を済ませるようでは、教育は成立しないのは確かです。大学でも、教養課程あるいは各分野の基礎に関しては、AIに頼らずに頭と手を使って学習することは求められると思います。

AI実用化で人間の役割は変わる

そうではあるのですが、一連の各大学のメッセージ発信が全て「ネガティブ」なことには違和感があります。まるで黒船を恐れる江戸時代の人々や、写真は魂を吸い取るとか、電話するとコレラが伝染ると怖がった明治初期の人々のようだからです。2点指摘したいと思います。

1点目は、AIが実用化されるということは、教育の定義が変わるということです。AIが多くのタスクをこなす能力と信頼性を持つのならば、人間の役割はより高度に知的な活動にシフトすることになります。つまり、「AIを使いこなす」あるいは「AIのエラーを見抜いて訂正する」活動ということです。

にもかかわらず「AIを使うのは不正だからAI禁止」という教育を行うということは、「人間がAIに負けていく」ことになります。そんなことをやっていては、やがて人間はAIの命令を受けるか、AIによってエラーを訂正される惨めな存在になってしまいます。

特に日本の場合は、高校以下の教育が悪しき平等主義や悪しきペーパー偏重入試のために「正解のある」問題だけに取り組むという、中程度の知的活動に限定されています。だからこそ、大学では「AIを使いこなす」という、より高度な知的活動へと教育の目標を質的に転換しなくてはなりません。

この文明の転換というべき問題に対して、とりあえず「AIは禁止」とか「論文は手で書いて」などというメッセージを発信するというのは、AIのもたらすインパクトへの危機感が不足している点、教育とか学問のあり方をどう転換していったら良いかということを「考えていない」点で、大きく失望させられると言わなくてはなりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀、5月の融資拡大を金融機関に指示=関係筋

ビジネス

新発10年国債利回り1.0%に上昇、日銀正常化なら

ビジネス

英CPI、4月は前年比+2.3% 予想ほど鈍化せず

ビジネス

S&P、ソフトバンクGの長期格付けを「BB+」に引
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の大群、キャンパーが撮影した「トラウマ映像」にネット戦慄

  • 4

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 5

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 6

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 7

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 10

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story