最新記事

ニューロフィードバック革命:脳を変える

ADHDに「倫理に反する。費用もかかる」救世主が現れた?

RISKY BUSINESS

2019年3月25日(月)16時10分
キャサリン・エリソン

ILLUSTRATION BY ALEX FINE

<アメリカだけで1600万人の患者がいるADHD。臨床効果の確認や安全性の確立などの問題は残るが、経頭蓋磁気刺激(TMS)という治療法に期待が高まっている>

イスラエル中部のシャハムで過ごした高校時代は学校が嫌いだったと、メイタル・ゲッタは言う。気が散って授業に身が入らなかった。「努力が足りないと、先生に言われた。私、努力はしてたのに」

23歳でADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断された彼女は、中枢神経興奮剤リタリンを処方された。症状は改善したが、服薬には抵抗を感じた。「薬に頼るのは嫌だった」

そこで2015年に、ベングリオン大学の臨床試験に参加した。医師は電磁石の付いた帽子をゲッタの頭にかぶせ、強力なパルスを送って脳の奥に弱い電流を発生させた。経頭蓋磁気刺激(TMS)と呼ばれるこの治療は従来の電気ショック療法と違い、麻酔をかけずに施術する。ゲッタの場合、1回30分、週5回の治療を3週間続けた。

効果はあったと、ゲッタは言う。同様の症例報告は、ほかにもある。だが本格的な臨床試験は終わっておらず、しかるべき学術誌に論文が発表されたわけでもない。医師にとっては悩ましい状況だ。リスクを承知で実験的な治療に手を出すか、臨床試験が終わって当局の認可が下りるまで待つべきか。

アメリカには未成年600万人と成人1000万人のADHD患者がいる。その少なくとも15%は投薬で症状が改善せず、不眠症や不安神経症などの副作用に苦しむ人も多い。

現在、米食品医薬品局(FDA)は鬱病の治療手段としてTMSを認可しているが、ADHDへの適用は認めていない。「私の知る限り、臨床効果を示すデータはない」とノースウェスタン大学のジョエル・ボス准教授(神経学)は言う。現時点でTMSをADHDの治療に使うのは「倫理に反する。費用もとてもかかる」とも。

未認可だから保険は効かない。TMSを5週間も続ければ、患者の負担は1万6000ドルほどになる(日本でも鬱病などへの適用を認めているが、費用は全額自己負担だ)。

TMSを開発したイスラエルのブレインズウェイ社は昨年、成人53人を対象とする臨床試験で「有意な」効果があったと報告しているが、公衆衛生当局を納得させるには不十分だ。

それでもアメリカ脳刺激クリニック(サンディエゴ)の医師ラスティン・バーローは、TMS治療を支持している。ADHDの患者100人に施術したところ、ほとんどで症状の改善が見られたと主張する。

【関連記事】暴力・性的暴行の衝動は電気刺激で抑えられる──研究

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ECB総裁「世界の不確実性高まる」、物価安定に強力

ワールド

トランプ氏、7月7日にネタニヤフ首相と会談 ホワイ

ワールド

トランプ氏、日本に貿易巡る書簡送付へ 「コメ不足な

ビジネス

米グーグル、MIT発の核融合ベンチャーと電力購入契
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 8
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 9
    自撮り動画を見て、体の一部に「不自然な変形」を発…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中