「達成の快楽は20世紀的」 佐々木俊尚に聞いた、山頂を目指さない「フラット登山」の魅力
──20世紀的な快楽と21世紀的な快楽?
つらい思いをしても右肩上がりに成長を目指すというのが20世紀の感覚だとすれば、ポスト近代の21世紀の感覚とは、右肩上がりじゃなくていいから、いまこの瞬間の心地よさや温かさのようなものを持続するという考え方です。登山だけに限らず、暮らしとか仕事でもいえると思いますが、後者のほうがいまの時代に適した価値観なんじゃないかなと思っています。
──なるほど。フラット登山の「平坦」は、物理的な道の話だけにとどまらず、時代背景や心理的な意味合いも含まれる、と。「平等」の意味においては、登山界隈のマウンティングやヒエラルキー思考を批判していますね。
登山をやっていると、昔からマウンティングだらけで面倒くさいなあと思っていて。日本百名山をどれだけ登ったかとか、トレイルランニングならスピードだったり、クライミングならグレードがある。みんな序列をつけるのが好きで、自分の好きなふうにやればいいんだと思う人は案外少ないような気がします。
そうした序列やマウンティングも、先ほど言ったつらい登山のイメージもそうですし、登山のステレオタイプや夾(きょう)雑物をいったんすべて取り外して、登山の気持ちよさとは何なのかをゼロから再定義し、言語化しようと試みたのが今回のフラット登山なんです。こうしたやり方は、この登山本に限らず、自分の仕事のスタイルでもあります。
──ご自身初の登山本ですが、ジャンルは違えど切り口は一貫しているところがあるのですね。
もう一つライフワークにしているのが、テクノロジーの進化によって社会や人間の暮らし、精神はどう変わっていくのかについて考えること。10年ほど前は、経済成長も終わって社会が不安定になる中で「自分の生きる軸」が分からなくなるような時代だったと思うんです。そんな中で、自分の暮らしを大切にすることが安定感につながるんじゃないかと思って、料理本も出しました。