最新記事

宗教

「ねえ、ラブホいかへん?」 家出少女に声をかけられた牧師は彼女をどうしたか

2023年2月3日(金)12時00分
沼田和也(牧師) *PRESIDENT Onlineからの転載
ヘッドホンをつけた女性

*写真はイメージです finwal - iStockphoto


牧師の沼田和也さんは、中学生ぐらいの家出少女から「ねえ、ラブホいかへん?」と声をかけられたことがある。夜行バスの出発を待っていた沼田さんは、少女を救おうと教会の同僚を呼び出すが、反対に「今、この子を引き受けて責任とれます?」と問い詰められる。その後、少女はどうなったのか――。

※本稿は、沼田和也『街の牧師 祈りといのち』(晶文社)の一部を再編集したものです。

「わたし小さいとき教会行ったことあるんよ」

帰省先での用事をどうにか済ませ、わたしは故郷の繁華街で夜行バスを待っていた。もう7時はまわっているはずだが、まだまだ空は明るい。乗車までだいぶ時間もある。わたしは石段に腰を下ろし、鞄から本を取り出して読んでいた。

ふと目の前に、わたしを見おろすように人が立つ気配がした。通行人とは明らかに異なり、その人物は"わたし"の前にいる。目を上げると、わたしから一歩もないほどの近さに、いつの間にか中学生くらいの少女が立っている。髪の毛は何日も洗っていないのか、頭にぺったりくっついている。血色はいいが、顔は汚れている。首元が緩んで伸びたトレーナーは垢じみて汗臭い。

彼女はわたしの目をじっと見て、言った。

「ねえ、ラブホいかへん?」

「わるいな。おれ、これでも牧師やねん。君、どうしたんや?」
「ええっ牧師さん⁉ わたし小さいとき教会行ったことあるんよ。教会学校、楽しかったなあッ クリスマス会やったよ。あとね、イースター! 卵探ししたなァ」

勢いよく話しだすと、彼女はわたしにくっつくようにぺたんと腰をおろした。どうやら育った環境それ自体は貧困家庭ではなかったらしい。塾やピアノなどに通わせてもらえるていどには、経済的にも豊かであったようだ。それに、教会への抵抗のなさ。クリスマスはともかく、イースター恒例の行事まですらすら話してくれることから、彼女はけっこう長いあいだ教会に通っていたことが分かる。そんな彼女がいったいどういう事情で今、見知らぬ男をラブホテルに誘おうとしているのか。

「知らんわ。あんなとこ家ちゃうし」

「まあ、言いたくなかったらええんやけど。家帰らんの?」
「知らんわ。あんなとこ家ちゃうし」

彼女はそういうと黙り、繁華街を歩く人々を見ている。スーツ姿で腰掛けるわたしと、そのわたしにくっついて座る彼女との組み合わせ。道行く人々はちらりとこちらを見ると、わたしたちをよけて歩き去っていく。

しばらく話していたら、彼女は「ああ、つかれたわ、ほんま」と、いきなりわたしの膝に頭をのせた。通行人の刺すような眼が気になる。とはいえ彼女を追い払うわけにもいかないし、どうしたらいいのだろう。いま警察を呼べば、とたんに彼女は逃げていなくなるだろう。わたしは彼女に膝枕を貸したまま、途方に暮れてしまった。

「なあ。ずっと家帰らんのやったら、君はどうやって生活しとん」

わたしの膝枕から彼女が応える。

「男に金もらったり、ホテルに連れてってもらったりして。そこでご飯食べたり、風呂はいったりしとんねん」
「なあ......そのうち襲われるで。いや、セックスのことやない。殴られたり蹴られたりな、お金とられたり。それと病気うつされてまう。妊娠してまうかもしれんぞ。誰か友だちおらんのか?」
「おるよ。いっしょに集まったりするよ」
「そいつら、君のこと心配しとうやろ?」
「さあ......してへんよ。みんな同じことしとうし。みんなで集まってな、そこからそれぞれ行くねん。男と別れたら、また集合する」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

FRB追加利下げは慎重に、金利「中立水準」に近づく

ビジネス

モルガンS、米株に強気予想 26年末のS&P500

ワールド

ウクライナ、仏戦闘機「ラファール」100機取得へ 

ビジネス

アマゾン、3年ぶり米ドル建て社債発行 120億ドル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中