最新記事
熊嵐

冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起こす人喰いの連鎖

2025年11月10日(月)12時55分
中山 茂大(ノンフィクション作家、人喰い熊評論家)*PRESIDENT Onlineからの転載

入植者リストに見える「堺倉吉」の名前

生き延びた妻女は、実際には「お仙」ではなく「利津」といい、事件当時34歳であった。南部の生まれで、19歳の時に北海道に渡り、堺倉吉と同伴して丘珠村に落ちついた。

札幌市東区の札幌村郷土記念館が編纂した『東区拓殖史』によれば、当時の丘珠村は、いまだ鬱蒼とした樹海で、「石狩街道では、やや道幅広く開けているが、両側は大樹のため旅行者は熊害を恐れる程の有様で」とある。

出所=『東区拓殖史 東区今昔3』(札幌市東区)

出所=『東区拓殖史 東区今昔3』(札幌市東区)


また同書には明治4年の丘珠村の略図も添付されていて、注意深く見ていくと、丘珠街道(石狩街道)沿いに「堺倉吉」の名前が見える。

さらに明治4年の「札幌郡丘珠村人別調」という入植者リストに「堺倉吉」の名前がある。


第十六番

堺 倉吉 三七

妻 利津 二九

女 政 二

母 喜都 六五

この資料によれば、事件当時、倉吉は46歳、利津は36歳だったことになる。倉吉の母、喜都は事件発生時にはすでに死去していたのだろう。また「政」という女児の記載があるが、ヒグマに襲われたのは「留吉」という男児であった。政は夭逝して、新たに留吉が生まれたのかもしれない。

数日前に熊撃ちを食い殺したヒグマだった

ところで今ひとつの資料『新版ヒグマ 北海道の自然』(門崎充昭 犬飼哲夫)では、事件発生日は明治11年(1878年)1月17日となっていて、その経緯も若干異なる。

事件発生の数日前に、円山と藻岩山の山間に熊撃ちに行った山鼻村の蛯子勝太郎が逆襲されて喰い殺され、ヒグマはそのまま「穴持たず」となって徘徊を始めた。開拓使は熊撃ちに命じて追跡させたが、白石村から雁来村に来たところで吹雪に阻まれて断念した。このヒグマが堺家を襲ったものだという。また堺家の雇い人は女性で、妻女と共に逃れたことになっている。

実際はどうだったのか。

『開拓使公文録』に、


危難救援の者、賞誉の儀上申 本年一月十八日午前三時当札幌郡丘珠村平民堺倉吉居小家へ猛熊乱入、倉吉ならびに同人長男、留吉儀は即死、倉吉妻リツおよび雇人姓不詳酉蔵は重傷を受け翌十九日酉蔵死去致し候(後略)(長官届上申書録 明治11年2月22日)

とあり、事件発生日時は1月17日の深夜、18日の未明である。また重傷を受けた酉蔵が翌日、死去したことがわかる。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、イラン「一夜にして壊滅」も 7日までの

ワールド

ガザ学校近くで空爆、死者10人超 パレスチナ人避難

ビジネス

米3月ISM非製造業指数、54.0に低下 投入価格

ワールド

訂正米、ホルムズ海峡再開で最後通牒 イランは停戦提
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 3
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙の2大テーマでAI懸念を払拭できるか
  • 4
    地面にくねくねと伸びる「奇妙な筋」の正体は? 飛行…
  • 5
    トランプ、イランに合意期限「米東部時間6日午前10時…
  • 6
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 7
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 8
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 9
    イラン戦争は「ハルマゲドンの前兆」か? トランプ…
  • 10
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 4
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 5
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 6
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 7
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 8
    中国がイラン戦争最大の被害者? 習近平の誤った経…
  • 9
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 10
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中