【大河「べらぼう」】江戸の基礎知識 「錦絵」はアイドルのブロマイド!?
桃源郷・新吉原の流行を伝えた美人画
急速に都市整備が行われた江戸において、公許の遊郭である吉原が誕生したのは、1617(元和3)年のことである。江戸の中心部である日本橋富沢町(現在の日本橋人形町)に置かれたが、1657(明暦3)年の明暦の大火によって焼失してしまう。時の幕府としても、江戸の中心部に遊廓があることを不適当と考え、吉原を浅草へと移動させた。これにより、日本橋時代を「元吉原」、浅草移転以降を「新吉原」という。

日本全国には、京都の島原遊廓をはじめ、吉原以外にも公許の遊郭があった。それ以外にも非合法で安価な私娼が営業する岡場所も江戸の各地に存在したが、そうした遊び場のなかでも吉原は畑のなかにつくられた人工の町であり、巧みにその閉ざされた世界を演出した劇的な空間であった。
碁盤の目のような吉原の目抜き通りである仲之町通りには植え込みが設けられ、3月3日の節句には、そのためだけに桜の木が運び込まれ、花見の名所に変わる。
また、旧暦8月1日から、30日間にわたって行われる「俄(にわか)」では、山車(だし)が現れる。2階立ての山車には、吉原芸者たちが乗り込み、演奏や踊りを担う。吉原の一大パレードである。
こうした非日常の空間を目当てに、多くの文化人が集まり、そのなかから新しい文化・流行が誕生していった。遊女が着る着物や髪型、装飾品などは浮世絵(美人画)のなかで表現され、吉原の内外で流通し話題を呼んだ。しかし、他方で吉原の華やかな世界の裏で、そこで働く遊女たちの過酷な生活があったことも事実である。

『Pen BOOKS 蔦屋重三郎とその時代。』
ペン編集部[編]
CCCメディアハウス[刊]
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


アマゾンに飛びます
2026年1月27号(1月20日発売)は「『外国人問題』徹底研究」特集。「外国人問題」は事実か錯覚か。移民/不動産/留学生/観光客/参政権/社会保障/治安――7つの争点を国際比較で大激論
※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら
-
東京「税務マネージャー」 世界5大会計事務所/外資クライアントメイン/フレックス・在宅勤
BDO税理士法人
- 東京都
- 年収600万円~1,000万円
- 正社員
-
生成AI商材/大手外資系「インサイドセールス「SV候補」」/その他コンサルティング系
ブリッジインターナショナル株式会社
- 東京都
- 年収340万円~450万円
- 正社員
-
グローバル展開のフードロス削減アプリ「提案営業」外資系×SDGs
Too Good To Go Japan株式会社
- 東京都
- 年収400万円~600万円
- 正社員
-
法人ソリューション営業/業界未経験OK/外資ベンチャー企業
株式会社ユースペース
- 東京都
- 年収450万円~600万円
- 正社員





