最新記事
BOOKS

江戸時代の「ブランディング」の天才! 破天荒な蔦重の意外と堅実なビジネス感覚

2025年1月6日(月)11時10分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
江戸時代の書店

『画本東都遊』浅草庵作・葛飾北斎作 1802(享和2)年 国立国会図書館蔵。蔦屋重三郎の書店「耕書堂」の店先を描いたもの。 初代・蔦重の死後、葛飾北斎によって描かれたものの彩色版。

<喜多川歌麿、東洲斎写楽ほか、数々の才能を発掘し、世に送り出した江戸のメディア王・蔦屋重三郎。彼の秀でたビジネスの手腕について、大河ドラマ『べらぼう』の版元考証も務める鈴木俊幸氏が語る>

2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』では、江戸の出版人・蔦屋重三郎の生涯が描かれる。

蔦屋重三郎こと「蔦重」は、吉原に生まれ、多くの文化人たちと交流しながら、さまざまな流行の火付け役となった人物である。蔦重とはいかなる人物だったのか、その経営手腕とはいかなるものだったのか。蔦屋重三郎研究の第一人者である中央大学文学部教授の鈴木俊幸氏に解説いただいた。

本記事は書籍『PenBOOKS 蔦屋重三郎とその時代。』(CCCメディアハウス)から抜粋したものです。

◇ ◇ ◇

安定した経済基盤とブランディング戦略

蔦屋重三郎は吉原に生まれ育ったとされますが、そもそも蔦重の両親が何をしていたのかはまったくわかっていません。尾張出身の父・丸山重助が、なぜ江戸に出てきたのかもわかっていませんし、母・津与の素性もよくわかりません。ただ吉原には尾張出身者が多くいたようで、「尾張屋」という屋号の遊女屋や茶屋もありましたから、そういった縁故で、蔦重の父は吉原で働き始めたのかもしれません。また母も吉原の茶屋の娘かなにかだったのだろうと推測されます。蔦重には、吉原で駿河屋という茶屋を営む叔父がいました。おそらく母親のほうの兄弟ではないかと思います。

newsweekjp20241216052000-aa0f9ab483338d5aefe5caaff91b1df882c7f5e1.jpg

その後、蔦重は喜多川家の養子となります。同家の家業はよくわかっていませんが、茶屋であったとすれば、吉原に集まる通人たちと接する機会も多かったと考えられます。当時の吉原は文化水準が高く、そのなかで蔦重も揉まれ、教養を身につけていったのでしょう。同姓で10歳くらい年下の喜多川歌麿も、のちに蔦重のところで食客的な扱いを受けながら、作品を制作しています。

この喜多川家の義兄にあたるのかもしれないのですが、蔦屋次郎兵衛という人物が吉原の出入り口である五十間道(ごじっけんみち)で茶屋を開いていました。その店先を借りて、蔦重は貸本屋を始めると、やがて吉原のガイドブックである吉原細見を手がけた鱗形屋の改め・卸しを担当するようになりました。遊女の異動などを調べて情報を提供し、吉原細見に反映する仕事です。その後、蔦重も自ら吉原細見を作るようになります。鱗形屋が偽板事件によって摘発を受けて吉原細見を発行する余裕が無くなり、そこから蔦重版の吉原細見の独占が始まるわけです。

蔦重版の吉原細見は、鱗形屋版よりも判型を少し大きくし、1ページあたりの情報量を増やすことで、ページ数を削減し、紙代を節約しています。鱗形屋版よりも格安で卸せたはずです。こうして、あっという間に蔦重版の天下となりました。吉原細見は年に2回、刊行しますから確実な定期収入となります。同時に、吉原細見に広告を付けたのも旧来の吉原細見にはなかった点です。蔦重は自分の版元から出す出版物が増えていくにつれ、逐次的に広告ページを増やしていきました。有力な広告媒体になったと思います。

蔦重は、黄表紙の出版にも力を入れていきますが、単価も安く、儲けはそこまで多くなかったでしょう。しかし、当時、黄表紙は注目の的となった絵本ですから、それを刊行している版元であることを世間に周知するために、宣伝効果を期待して出し続けたのだと思います。最先端の出版物を取り扱うことで、ブランドイメージが形成されて、取引に有利に働く。そういうブランディング戦略があったのだと思います。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ロイターネクスト:投資適格企業の起債、来年増加 A

ワールド

トランプ政権、H─1Bビザの審査強化指示 「検閲」

ビジネス

ロシアサービスPMI、11月は半年ぶり高い伸び 新

ビジネス

新発30年債利回りが3.445%に上昇、過去最高水
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中