最新記事

映画評

『ラーゲリより愛を込めて』 二宮和也演じる主人公が、ソ連兵への抵抗の先にみた希望の光

A MESSAGE OF HOPE

2022年12月7日(水)18時52分
小原ブラス(タレント、コラムニスト)
映画『ラーゲリより愛を込めて』

過酷な生活の中での山本と仲間たちとの友情が心に響く ©2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 ©1989 清水香子

<シベリア抑留がテーマの映画『ラーゲリより愛を込めて』の舞台でもあるハバロフスク出身の小原ブラスが見た戦争・憎しみ・希望>

第2次大戦後の混乱の中で起きてしまった惨劇、シベリア抑留をテーマにした映画『ラーゲリより愛を込めて』を見た。ラーゲリはロシア語で「キャンプ」という意味で、夏休みになればラーゲリに行くことを楽しみにしている子供たちも多い、ポジティブなワードだ。だが日本では「収容所」と訳され、つらい記憶を呼び起こす悲しい言葉となる。

■【写真】『ラーゲリより愛を込めて』二宮和也演じるシベリア抑留者・山本幡男/映画の予告編映像

過酷な環境下での終わりの見えない労働。耐え切れず命を落としていく仲間。誰もが絶望に陥るなかで「ダモイ(家に帰る)」を信じて生きる山本幡男(はたお)と、彼を待ち続ける妻モジミの愛の物語だが、それ以上に心に響くのは山本と仲間の深い友情だ。誰しも自分のことで精いっぱいなのに、仲間をかばい彼らにも希望を見せようとする山本。自分のために生きるよりも、誰かのために生きる人のほうがずっと強い。仲間の絶望が少しずつ希望に変わり、それぞれが強くなっていくさまにも着目してほしい。

正直、自分には理解のできない山本の行動がいくつもあった。あのように反抗的なことをしたらソ連兵に痛い目に遭わされるのは目に見えているのに、山本はわざわざ殴られにいくようなことをするのだ。映画の途中で少しいら立ちすら覚えた。しかし徐々に、その抵抗は人として生きる楽しみ、希望の火をともし続けるために必要な戦いだったのだと気付く。

その抵抗さえもやめてしまえば仲間同士の絆もできなかったし、おのおのが孤独に、少しずつ絶望の闇にのまれることになっただろう。

そしてロシア、まさに山本が収容されていた施設のあったハバロフスク出身の人間として、ソ連兵が捕虜に暴行を加えるたびに考えさせられた。なぜそんなことができたのかと。ひとたび戦争が起きれば憎しみは連鎖し、怒りをコントロールできず普通では考えられないようなことをやってのける人が増えるものだ。

ソ連の戦死者数は1450万人と、ドイツの285万人、日本の230万人を凌駕して世界最多だったといわれる。それだけの命を奪った戦争で、やり場のない怒りを敵側についていた国の人に向けて当然だというふうに、日本人捕虜に憎しみを向けたソ連兵もいたのではないか。戦争は人から理性を奪うのだ。

僕自身、シベリア抑留は歴史の教科書で学んだだけでなく、自分のSNSに批判的書き込みをされることも多かったので、ドキュメンタリーを見たり興味を持って調べたこともある。そして、こうした歴史がなければもっと良い両国関係が築け、僕も今より楽に生きられたのにとも思う。

憎しみの連鎖を終わらせるには、長い間戦争をしない、これしかないのではないかと僕は思っている。それなのに世界では今も戦争が続けられ、憎しみの感情が空を覆う。絶望しそうになる時代だからこそ、山本からの希望のメッセージが胸に刺さり、平和を守るための抵抗を続けたいと思えた。平和を信じたい。皆同じ人間だから。

ニューズウィーク日本版 コメ高騰の真犯人
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月24日号(6月17日発売)は「コメ高騰の真犯人」特集。なぜコメの価格は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

世界の中銀、金の保有比率増加を予想 ドルの比率減少

ビジネス

需給ギャップ、25年1―3月期は1兆円不足=内閣府

ビジネス

午後3時のドルは144円半ば、日銀会合は想定内で売

ワールド

ロシアのショイグ安保会議書記が訪朝、金総書記と会談
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 9
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 10
    「そっと触れただけなのに...」客席乗務員から「辱め…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中