最新記事

日本

知らない女が毎日家にやってくる──「介護される側」の視点で認知症を描いたら

2021年4月26日(月)16時45分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

第一章 あなたは悪人――翌年の爽秋

■知らない女がやってきた

知らない女が毎日家にやってくる。ずかずかと玄関から上がり込んで、大きな声で挨拶をしたかと思ったら、勝手にキッチンに入っていく。

慣れた様子なのが、とても腹立たしい。

断りもなく冷蔵庫を開けて、あなたが近所のスーパーで揃えてくれた食材をぞんざいな手つきで選び、お父さんの好物を料理すると言う。

なぜお父さんの好みを知っているのだろう。おかしな話だ。

私には居場所がない。

女が来ると居場所がない。邪魔にされているのだから、仕方がない。用がないと、能力がないとそれとなく言われているのだから。

知らない女に家に入り込まれ、今までずっと大切に使い、きれいに磨き上げてきたキッチンを牛耳られるなんて、屈辱以外の何ものでもない。

私は失格の烙印を押された主婦になった。

お父さんは、料理を作っている女の様子を見て、うれしそうにしている。何度も何度も、ありがとうと言っている。私がどれだけ料理をしても、これまで一度としてありがとうなんて言ってくれたことはなかった。

これは嫉妬ではない。情けないのだ。

いい年をして若い女に熱を上げるなんて、近所の人に知られたら恥ずかしくてたまらない。

だから、私はそんなお父さんの姿を、こっそり家の外に出て、キッチン窓の向こうからそっと盗み見ている。監視している。洗濯ものを干すふりをしながら、枯れ葉を集めるふりをしながら。

■夫と若い女性をめぐる疑惑

私がすべて見ていることに、お父さんは気づいているのだろうか。にこにこと笑って、まったくのんきなものだと思う。

最近は、私が腹を立てていることは感づいているようで、女が来ると、上着を着込んで庭に出るようになった。庭木を手入れしては、ため息をつく。悩んでいるような横顔を、わざとらしく見せてくる。

どれだけ隠したって私にはわかりますから。あの人たちのなかの一人と、お父さんがおつきあいしていることぐらい。

お父さんが倒れてから、あっという間に季節は移り変わった。外はすっかり寒くなり、洗ったばかりの洗濯ものは、広げて干そうと手に取ると、指が痛くなるほど冷たい。でもこれが、私の今の仕事なのです。

少し前まで、家事は完璧にこなしてきた。なんだってできました。ずっとずっと、お父さんのために、息子のために、なにからなにまで完璧に、私は家のなかを守ってきました。二人に不自由な思いをさせたことは、これまで一度もありません。でも、お台所を知らない女に取られちゃったんだから、仕方がないじゃないですか。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

ロイターネクスト:為替介入はまれな状況でのみ容認=

ビジネス

ECB、適時かつ小幅な利下げ必要=イタリア中銀総裁

ビジネス

トヨタ、米インディアナ工場に14億ドル投資 EV生
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中