最新記事

小説

カズオ・イシグロが新作で描く、友達AIロボットの満ち足りた献身

Unprecedented Input

2021年3月15日(月)13時30分
ローラ・ミラー

序盤、クララはAFショップのウインドーに並んで外界に目を凝らす。「通行人が見せるさまざまな感情の不思議」に好奇心を抱き、タクシー運転手のけんかや数十年ぶりに再会した男女の抱擁を見て学びを重ねる。

もっともこの知識欲もプログラミングの産物だ。「人の感情という不可解なもの......一部だけでも理解しておかねば、いざ相手を助けようというときに最善を尽くすことができません」と、クララは語る。

「神」を見つけた機械

人工知能が認識したとおりに、イシグロは世界を見せる。野原であれ、劇場に向かう人の群れであれ、未知のものを目にすると、クララの視界は分割されソフトウエアが情報を分析する。車窓からクララが知覚する景色は、こんなふうだ。

「(車が)いくつもの手足と目玉をもつ大きな生き物のわきを通り過ぎた直後、目の前でその生き物の真ん中に割れ目が出現して、たちまち全体が二つに分かれました。そのときはじめて、これは大きな生き物などではなかったと気づきました。ジョギングしている人と犬を散歩させている人──反対方向に進んでいた二人が、たまたまこの一瞬、重なり合い、すれ違ったのでした......歩道に......野球帽が落ちていました」

読者が知りたいことに関心が向くとは限らない。命が危ぶまれるほどジョジーが衰弱しても、クララは原因を人に尋ねない。恵まれた家庭の子供は「向上処置」を受け、貧しい子供をさげすむが、そうした区別にも興味はない。格差の持つ意味を読者が知るのは、後半に入ってからだ。

優しさと冷たさをクララは判別できるが、人間とはモラルが異なる。旧型の自分を見下した最新型AFをクララが批判するのは、傷ついたからではない。「ああいうことを思いつく心の持ち主が、子供たちのいいAFになれるのでしょうか」と、彼女は首をかしげる。

人間の仕事や居場所を奪うなと、見知らぬ女に攻撃されたときもそうだ。読者は女の言葉に憎悪を見るが、クララは意に介さない。赤の他人に否定されたところで、使命に差し障りはないからだ。

ヘンリー・ジェームズの『メイジーの知ったこと』からマーク・ハッドンの『夜中に犬に起こった奇妙な事件』まで、小説家は純真な語り手を使って私たちの世界観や自意識を揺るがしてきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米半導体ウルフスピード、連邦破産法の適用申請準備=

ビジネス

仏シャネル、中国と米国で積極投資へ 高級品市場不安

ビジネス

インタビュー:自動車産業の再編「簡単ではない」、投

ビジネス

午前の日経平均は反落、円高を警戒 物色面では幅広く
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:関税の歴史学
特集:関税の歴史学
2025年5月27日号(5/20発売)

アメリカ史が語る「関税と恐慌」の連鎖反応。歴史の教訓にトランプと世界が学ぶとき

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界の生産量の70%以上を占める国はどこ?
  • 3
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到した理由とは?
  • 4
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国…
  • 5
    「空腹」こそが「未来の医療」になる時代へ...「ファ…
  • 6
    人間に近い汎用人工知能(AGI)で中国は米国を既に抜…
  • 7
    【裏切りの結婚式前夜】ハワイにひとりで飛んだ花嫁.…
  • 8
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 9
    トランプは日本を簡単な交渉相手だと思っているが...…
  • 10
    小売最大手ウォルマートの「関税値上げ」表明にトラ…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」する映像が拡散
  • 4
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 5
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到し…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国…
  • 7
    「運動音痴の夫」を笑う面白動画のはずが...映像内に…
  • 8
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 9
    ヤクザ専門ライターが50代でピアノを始めた結果...習…
  • 10
    トランプ「薬価引き下げ」大統領令でも、なぜか製薬…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 8
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 9
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 10
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中