最新記事

伝統文化

文楽の第一人者桐竹勘十郎、コロナ禍のなか手作りした人形に込めた思いとは?

2020年9月15日(火)18時11分

この春、文楽の人形遣いの第一人者の1人して知られる桐竹勘十郎さん(67)を不安が襲った。写真は7日、東京の国立劇場で文楽「嫗山姥(こもちやまんば)」の舞台に立つ桐竹勘十郎さん(2020年 ロイター/Issei Kato)

この春、文楽の人形遣いの第一人者の1人として知られる桐竹勘十郎さん(67)を不安が襲った。新型コロナウイルス感染拡大防止のために文楽の公演が全て中止になってしまったからだ。自宅で過ごす日々が続く。この状況がいつまで続くのか、公演は再開するのか、親子のような絆で結ばれている87歳の師匠はまた舞台に立てるのか──。普段は前向きな勘十郎さんだが、心配が尽きなかった。

日本の伝統芸能で、浄瑠璃と人形劇が合わさった文楽は、17世紀に大阪で成立したとされる。その文楽の公演がなくなる異常事態に、勘十郎さんは先のことばかり考えた。

そんな不安を、勘十郎さんは人形を作ることで和らげることができた。自分のためではなく、大阪市中央区高津小学校6年生が文楽の授業で使う稽古用の人形だ。

勘十郎さんは17年ほどこの学校で文楽の授業を受け持っている。今年は、29人の児童が人形遣い、浄瑠璃を語る太夫、三味線のグループに分かれ、それぞれ稽古している。人形遣いだけではない。太夫や三味線も、現役の技芸員(文楽の演者)から学ぶ。

「稽古人形やから自分のデザインでいいわけです。なかなか楽しい時間でした」

ようやく9月に再開した東京公演を前に、勘十郎さんは人形作りに没頭した数週間をそう振り返った。だんだんと形になっていく人形を愛でながら、毛糸で髪の毛を作り、足には自らインターネットで購入した明るい色の子供用の靴下をはかせた。「とにかく人形を触っているだけで楽しい」と、改めて自覚できた。

週に2回の高津小学校の授業は、今年度は6月に始まった。国立文楽劇場の向いにあるので公演中でも授業を行う。はじめは子供たちに文楽を通じてみんなでひとつのものを作り上げることの大切さを知ってほしいと思っていた。文楽人形は3人で遣う。かしらと右手を動かす主遣い(おもづかい)、足を動かす足遣い、そして左手を動かす左遣い。誰かが休めば舞台が成立しない。

長く厳しく報われない修業時代

勘十郎さんが今は亡き父の背中を追いかけて入門したのは14歳のとき。子どものころから絵を描くのが好きで、漫画家になりたいと思うこともあった。だが、13歳で初めて入った文楽の舞台裏が、観客席から見るものとまるで違う世界であることに圧倒され、この道を歩むことを決めた。今では人間国宝となった吉田簑助さんに師事した。

それから厳しく長い修行が続く。足遣いや左遣いは、舞台に出るときは黒衣と黒の頭巾で姿を隠す。観客は彼らの名前も顔もわからない。拍手をもらうのは主遣いだ。勘十郎さんは30歳になったときもまだ父の足遣いを務めていた。

でも勘十郎さんはこの経験を前向きにとらえてきた。なぜなら足遣い、左遣いは、主遣いになるための大切な準備期間だからだ。

「僕らは何のためにやっているのか、そう思うたら終わりなんですよ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送トランプ氏、シカゴやLAなどから州兵撤退表明 

ビジネス

ビットコイン、2022年以来の年間下落 最高値更新

ワールド

ゼレンスキー氏「ぜい弱な和平合意に署名せず」、新年

ワールド

金総書記、新年祝賀行事に出席 戦場の兵士を称賛激励
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 5
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 8
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中