最新記事
映画

タランティーノ9作目『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のオタク的なこだわり

The Culmination of Tarantino’s Obsessions

2019年8月30日(金)19時15分
デーナ・スティーブンズ

ディカプリオ(左)とピット(右)の豪華な共演も話題に

<おぞましい60年代末の時代の空気を、底抜けに明るい映像に詰め込んだが......>

映画を10本撮ったら監督業は引退だというクエンティン・タランティーノの「公約」が本当なら、9作目となる『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』には一生分のこだわりが詰め込まれているはず。そもそもタイトルからして、セルジオ・レオーネ監督の名作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』への熱いオマージュだ。

舞台は1969年のハリウッド。落ち目のテレビ俳優リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)は、彼の専属スタントマンで付き人のクリフ・ブース(ブラッド・ピット)と一緒に飲んだくれの日々を過ごしているのだが、隣の家には妊娠中の女優シャロン・テート(マーゴット・ロビー)が住んでいて、その夏のうちに惨殺されることになる。

ここまで聞けば、アメリカ人なら思い出す。この映画がカバーしている半年間の最後に、あのむごたらしい事件が現実の世界で起きたことを。

当然、嫌な予感がする。それでも映画のトーンは底抜けに明るい。時代は暴力と、どこへ向かうとも知れない不安に満ちていたはずなのに、主役の2人はのんきなもの。それは悲しいほどの虚無感であり、あの犯行に及んだカルト集団マンソン・ファミリーがまさに告発し、破壊しようとしたものだ。

おぞましい時代の空気と明るい映像のコントラストが、この作品の推進力なのは分かる。それでも筆者にはタランティーノの意図が分からない。なぜ現実に起きた話を、なぜリアリティーに欠ける設定で描かなければならなかったのか。

未来は明るいと信じて疑わないシャロンと、もう下り坂であることを知っているリックとクリフ。その対比は明らかだが、タランティーノはそんなことには無関心で、両方のシーンを機械的に切り替えるのみ。

シャロン役のロビーにも一度は見せ場がある(自分の出演作を上映中の映画館を訪れる場面)。しかし大半は添え物のような役割で、人間らしく描かれるのはもっぱら主役の男2人だ。

女性の生脚は「小道具」

もしかすると、これは「男についての男のための映画」なのだろうか。タランティーノのフェティシズムは映画の随所で女性の細い生脚を映し出す。灼熱の道を急ぐ脚。映画館の客席の背もたれに乗せられた脚。女はほとんど「小道具」扱いだ。ちなみにマンソンとその仲間たちも、ほとんど出番がない。

それが欠陥だとは言うまい。気の利いたジョークがたくさんちりばめられているし、あの時代にふさわしい音楽も使われている。映像の切り取り方も、さすがタランティーノだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノボノルディスク、不可欠でない職種で採用凍結 競争

ワールド

ウクライナ南部ガス施設に攻撃、冬に向けロシアがエネ

ワールド

習主席、チベット訪問 就任後2度目 記念行事出席へ

ワールド

パレスチナ国家承認、米国民の過半数が支持=ロイター
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 10
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中