最新記事

セクシュアリティ

歴史の中の多様な「性」(2)

2015年12月1日(火)17時26分
三橋順子(性社会・文化史研究者)※アステイオン83より転載

 明治時代だけでなく昭和戦前期まで、あちこちの学校で上級生が下級生の美少年に目をつけ、恋文を送ったり、口説いたり、さらには寄宿舎のベッドで襲ったりという行為が頻発していた。

 谷崎潤一郎賞を受賞した加賀乙彦『帰らざる夏』(一九七三年)は、終戦時に陸軍幼年学校の生徒だった一六歳の少年が主人公だが、終戦を告げる天皇の玉音放送を聞いた後、「念友」(男色関係)の幼年学校の先輩と共に自決してしまう。ちなみに、東京陸軍幼年学校の所在地は牛込区の市ヶ谷台であり、先に述べた少年にとっての危険地帯の中核である。

 学生文化としての男色文化の衰退が決定的になるのは、戦後の中学・高校の男女共学化を待たなければならない。それでも私立の男子高や、北関東・南東北の県立男子エリート高などでは、そうした気風が残っていた。

 日本近代の学生文化に男色文化が濃密にまとわりついていたことは、旧制中学・高校の卒業生なら、実体験、あるいは見聞として知っているはずである。しかし、戦後に強まった同性愛嫌悪の風潮の中で彼らは口を閉ざし、知らないふりをしてきた。そして、その世代の存命者が少なくなった今、ほとんど忘れ去られようとしている。

 たとえば、「硬派」「軟派」という言葉がある。「硬派」は、現在では質実剛健で恋愛にストイック(自己規制的)な青年というニュアンスで用いられるが、本来は少年を追いかける「男色好み」の意味だ。「軟派」は現在では「ナンパする」(街で女性に声をかけて誘う)という動詞形で使われることが多いが、本来は好んで遊廓に通うような「女色好き」を意味する(森鷗外『ヰタ・セクスアリス』、一九〇九年)。

 明治大学文学部の「ジェンダー論」の講義で、そんな話をしたら、講義の後、いかにも運動部らしい体つきの男子学生がやってきて「自分は今までずっと『硬派だ』と周囲の人に言ってきました。今日の先生のお話を聞いてとてもショックでした。どうしましょう」と言う。見れば、心なしか顔が青ざめている。かわいそうなので「さっき説明した硬派=男色の意味は、もうだれも知らない死語だから大丈夫ですよ」と言ってあげた。この学生は、たまたま変な先生の講義を受けて、「硬派」の本来の意味を知ってしまったので、もうやたらとは使わないだろうが、知らずに「硬派」を自称している男子学生はまだまだいるに違いない。

 このように近代になってからも、日本では男色文化が濃厚に残存していた。前近代においては男色の比重はもっと高く、世界的に見ても「男色大国」と言える状態だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:イラン戦争でインフレ再燃、トランプ政権に

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、中東停戦維持期待で安全資産

ワールド

イラン交渉団がパキスタン到着、レバノン停戦要求 米

ビジネス

米国株式市場=まちまち、中東交渉控え様子見 ハイテ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 4
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 5
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 6
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 7
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 8
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 9
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 10
    アメリカは同盟国の「潜在的な敵」となった...イラン…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 7
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 8
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 9
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 10
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中