タダ同然の魚からお金を生み出す...... 24歳シングルマザー社長が日本の漁業に奇跡を起こした

2022年10月8日(土)11時00分
坪内知佳(GHIBLI代表) *PRESIDENT Onlineからの転載

一方で、こうも思った。長岡たちも同じ方向で考えていたということは、獲れた魚の一部を自家出荷するというアイデアそのものは間違っていない。だとすれば、彼らが無理だと諦めてしまっているハードルをいかにくぐり抜けるか。問題はその一点とも言えるのではないか。

やるべきことは明確になった。戦前からずっと変わらず営まれてきた水産業の歴史だが、きっとどこかに抜け道や埋めるべき溝があるはずだと思った。

「6次産業化」の先に見えた可能性

長岡たちと本格的に直接販売について相談するようになってしばらくしたころ、ある知らせが飛び込んできた。農林水産省が「6次産業化・地産地消法」に基づく認定事業者申請を受けつけているという情報だ。

6次産業化とは、農林漁業者(いわゆる1次産業)が農・水産物などのもともと持っている価値をさらに高めるため、生産だけでなく、自ら生産物の食品加工(2次産業)から流通・販売(3次産業)までを手掛けることで、農林水産業を活性化させ、農村漁村の経済を豊かにしていこうという取り組みだ。

ちなみに「6次産業」という言葉の「6」は、「1次産業の1」「2次産業の2」「3次産業の3」を足し算しても、掛け算しても「6」になるというところからできた造語だ。

「あんた、わしらと一緒に説明を聞いてもらえんやろうか」

中国四国農政局山口地域センターから小野均さん、尾形直樹さんという2人の担当者が萩に来てくれ、認定事業者申請要綱が書かれた資料をもとに説明してくれるという。それはパワーポイントのスライドを用いた具体的かつ丁寧なものだった。

その説明を聞いた後にあらためて考えてみると、萩大島の漁師と私がイメージしていた「自分たちで獲って(生産)」「自分たちで箱詰めして(加工)」「直接、消費者に送る(流通・販売)」というビジネスモデルは6次産業化の考えと一致する。

認定事業者になると国の補助金も利用できるが、それよりも、この認定を取得して国のお墨付きを得られれば、それが錦の御旗になり事業がスムーズに運ぶのではないか。

「月給3万円の社長」

説明会が終わり、萩市内で夕食をとりながら長岡たちと決起会をした。

事業主体の名称は「萩大島船団丸」。これはすんなり決まった。萩大島という地名と、船の名前といえば最後は「丸」だろうというくらいの気持ちでつけた名前だが、意外にいいものができたと思う。

次は認定事業者申請にあたって必要になる「代表者」だが、当然、言い出しっぺの長岡がなると思い、提案する。長岡も「そうやな」と当初は言っていたが、しばらく考えた後でこう言い出した。

「やっぱりダメじゃ。わしは役人らがなにを説明しおるか、まったくわからん。役所とのやりとりも苦手じゃ。あんたが計画書を書くなら、あんたが代表のほうがいいやろう」

確かに計画書は私が書くが、それは漁師たちの代わりに書いているにすぎない。そもそも部外者の私が代表者でいいものか。

「それもそうやが、役所とのやりとりはわしらには無理じゃ。助けると思って引き受けてくれ」

この後、数週間にわたって紆余(うよ)曲折ありながら、最終的には長岡に押し切られるかたちで、というより、長岡が投げ出すかたちで、私は萩大島船団丸の社長になることになった。当時、長岡たちとの仕事は月給3万円。2010年10月、月給3万円社長が率いる任意会社「萩大島船団丸」誕生の瞬間だった。

1年のうち4分の3は仕事ができない漁師の現実

なんとしてでも認定を取らなければいけない。そこから萩大島の漁の現状について改めて調査に取りかかった。巻き網漁は萩で多く獲れるアジやサバには最適な漁法だが、いくつかの問題があることもわかった。

そのうちの1つは、1年のうち3カ月の禁漁期間があることだ。逆に言えば、漁ができるのは3月15日から12月15日までの270日間しかない。しかも、この決まりはおよそ80年前にできたものだった。気候変動により海水の温度が上昇しているため、魚の生息状態がまるで違っているのに、制度だけはそのままになっている。

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