最新記事

文章術

いい文章を書くなら、絶対に避けるべき「としたもんだ表現」の悪癖

2021年11月5日(金)11時59分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

「年末の東京・表参道。」と、時日、場所があって、句点で区切る。強調する。この派生形として、意味の大きい日付で句点を打つ手法もある。


〈2011年3月11日。激しい揺れに襲われたのは放課後、野球部の練習に向かおうとしていた時だった。〉

こんな表現は、放っておけばほとんど津波のように新聞、雑誌、ネットの記事に押し寄せる。

「行われた」「開催された」も、としたもんだ表現の亜種だ。


〈消費の拡大につなげようと「○○町おむすび選手権」が△日、開催された。〉 〈○○高原スキー場で△日、シーズン中の無事を祈る安全祈願祭が行われた。〉 〈番組は、二手に分かれ、路線バスとローカル鉄道の乗り継ぎ対決の旅を行う。〉

旅は行うものなのか? 単に、「○○があった」「○○が開かれた」「○○する」で、なぜいけないのか。新聞記事とはそうしたもんだという、先入見があるからだ。記事にする意義がある、たいそうなイベントが行われた、開催されたのだと、筆者が主張したい。「いやじっさいにはたいしたイベントではないのだが、休日でネタがなく、紙面も薄いし、仕方がないから出稿しているのだけれども......」という、いいわけのような意識も、この言葉を選ばせている。

いわば表現のインフレ現象で、これは新聞記事だけではない。テレビニュースにも、広告や、官僚の書く公文書、企業のプレスリリースにと、放っておくと世界にいくらでも増殖する。

こうした「としたもんだ表現」こそ、文章を読みにくくする大ブレーキなのだと、ライターは知るべきだ。

■「としたもんだ表現」が定義するディストピア

もっと言えば、「としたもんだ表現」が、世界を住みにくくさせているのだ。

女らしさはこうしたものだ。男とはかくあるべきだ。日本人とはこうした民族だ。愛国心とはこういうものだ。人間とは、人間らしさとは、○○としたものだ......。

人が発するすべての「としたもんだ表現」には、じつはさしたる根拠がない。すべて、ある特定の時代、特定の地域にしか通用しない、文化による規定だ。幻影であり、思いこみなのだ。

文章を書くのはなんのためか。ひとつだけここで言えるのは、いやしくもプロのライターなら、狭量と不寛容と底意地の悪さにあふれた、争いばかりのこの世界を、ほんの少しでも住みやすくするため、生きやすくするため、肺臓に多量の空気が入ってくるために、書いているのではないのか? そうでなければいったいなんのため、机にしがみつき、呻吟(しんぎん)し、腰を悪くし、肩こりに悩まされつつ、辛気くさく文字を連ね、並び替え、書いては消し、消しては書いてを繰り返すのか。

世界に氾濫する「としたもんだ表現」の洪水に、抗うために書く。「としたもんだ世界」に、すきまを見つける。ひび割れを起こさせる、世間にすきま風を吹かせる。

常套句は親のかたきでござります。ほんとうの意味は、そこにある。

※本記事(前・後半)は2021年10月26日号「世界に学ぶ 至高の文章術」特集掲載の記事の拡大版です。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米との経済協定、30日以内の合意目指すことで一致=

ワールド

米英、貿易協定に署名 スターマー首相「強さの証」

ワールド

トランプ米政権のDEI研究助成金停止、連邦地裁が差

ワールド

テヘランから全員直ちに避難を、トランプ氏投稿
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染みだが、彼らは代わりにどの絵文字を使っている?
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    「そっと触れただけなのに...」客席乗務員から「辱め…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中