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「スガノミクス」はSBIに追い風? 地方銀行再編それぞれの思惑

2020年9月23日(水)13時31分

菅義偉首相の誕生が濃厚になり始めた9月上旬、株式市場は早くも「スガノミクス」銘柄を物色し始めた。注目を集めた1つが、SBIホールディングスだ。16日撮影(2020年 ロイター/Yoshikazu Tsuno/Pool via REUTERS)

菅義偉首相の誕生が濃厚になり始めた9月上旬、株式市場は早くも「スガノミクス」銘柄を物色し始めた。注目を集めた1つが、SBIホールディングス<8473.T>。地方銀行に次々と資本参加して連合を形成する戦略が、地方経済の活性化と地銀再編に言及する菅氏の方向性と合致するとの見方が広がった。

スガノミクスはSBIにとって市場が期待するような追い風になるのか。実際、地銀の中には提携によってすでに成果を出したところもある。一方で、業界内からはのみ込まれることを懸念し、協業に後ろ向きな声も聞こえる。

「地方銀行の数が多いのは事実」

SBIは安倍晋三前首相が進めてきた「地方創生」に着目し、商機を見いだそうとしてきた。集めた預金を貸し出す伝統的な商業銀行モデルから脱却できない地銀にノウハウを提供し、高度な金融サービスに生まれ変わらせることを目指してきた。SBIにとっては、これまで手の届かなった地方に顧客の基盤を広げられるメリットがある。

2019年9月の島根銀行<7150.T>以降、SBIは4つの地銀と資本・業務提携を結んだ。将来的に10行との提携を目指すSBIは、水面下で複数の案件を進めている。北尾吉孝社長によると、残りの6行との提携も今年度内には見通しがつきそうだという。

19年度上期に19億5900万円の経常赤字(単体)だった島根銀行は、下期に5300万円の黒字に転じた。「有価証券運用の高度化で収益が様変わりした」(島根銀の広報)と、さっそくSBIとの提携効果が出た形だ。ほかにも「SBIのデジタル技術が使えるおかげで顧客ニーズに対応できるようになった」(筑邦銀行<8398.FU>広報)といった声も出ている。

北尾社長は7月上旬、ロイターの取材に対し、「地方創生に尽力することが、持って回ってわれわれのビジネスのプラスになる」と語っている。

そうした北尾社長の戦略に一段の追い風になりそうなのが、安倍政権以上に地方活性化の必要性を訴える菅政権の誕生だ。過疎化が進む秋田県の農村出身であることを自身の原点とする菅首相は、自民党の総裁選を通じて地銀の再編にもたびたび言及してきた。

SBIの株価は菅氏が自民党総裁への出馬を正式表明した9月3日に急伸、その後も年初来高値を更新する勢いを保った。口座の不正引き出し問題で一時的に値が崩れた局面があったものの、今も昨年7月以来の高値水準を維持している

マイノリティー出資にとどめるSBIの戦略は、再編とは無関係にみえる。しかし、統合や合併にまでは踏み込みたくない地銀が、従来型のビジネスモデルを転換して生き残りを図るため、SBIへ支援を求めるのではないかとの見方が浮上している。


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「菅政権の誕生で地域経済活性化への機運が高まれば、地銀は今まで以上に危機感を高めて、自社の効率化や地域貢献できる金融機関としての事業を強化する努力をすることになるだろう」と、三菱UFJモルガン・スタンレー証券で金融業界を担当する辻野菜摘シニアアナリストは話す。

「SBIが提供する枠組みは地銀にとって一層魅力的なものと映り、その点でSBIにとっては追い風となる可能性がある」と、辻野氏は指摘する。

関係者によると、菅首相と北尾社長は折に触れて携帯電話で連絡を取り合う仲だという。菅氏は官房長官時代の8月下旬、ロイターのインタビューに応じ、「地方銀行の数が多いのは事実」と語った際、自ら北尾氏の名前を挙げ、「(地銀から)いっぱい相談が来ているみたいですよ」と話している。

SBIの広報担当者は菅首相と北尾社長の交流についてコメントを控えた。

地方に足場

地方の人口減少や長引く低金利などで、地銀の収益には下方圧力がかかっている。金融庁によると、第一地銀と第二地銀を合わせた地方銀行の純利益は減少傾向にあり、20年3月期は16年3月期より41%減った。合併によって銀行数が106行から103行に減ってはいるものの、4割の減益幅は大きい。

それでも金融業界の関係者の中には、手を差し伸べるSBIの動きを警戒する向きもある。強いリーダーシップで知られる北尾社長の行動が、金融界で波紋を呼んだことがあるからだ。

北尾氏は昨年7月、日本仮想通貨交換業協会(現・日本暗号資産取引業協会)の理事を退任した。直後にロイターがSBI広報に問い合わせたところ、北尾氏はまだ交換業を開業していなかった事業者が協会の会長を務めていたことなどを批判。自身が会長に立候補したが、外部出身の理事を入れずに選考が進められたことなどに反発したという。

協会の統治体制を批判するための退任だったが、「北尾氏は根回しもせずに会長に手を挙げた。『お山の大将』になりたいだけなのではないか」(業界関係者)との声が出ている。

地銀と組むことで、SBIにとっては手付かずだった地方に足場を築くことができる。地方は人口が減り続け、三大都市圏に比べると保有する金融資産も少ないが、2014年の「全国消費実態調査」(総務省)を基にみずほ総合研究所が作成した資料によると、その約6割以上が預貯金。株式投資などには回っていない。

「北尾氏の関心は自身の帝国を拡大することだ。出資先の銀行が生き残ろうが、つぶれようがということは問題ではない」と、ウィンダミー・リサーチのアナリスト、ブライアン・ウォーターハウス氏は言う。「資本の増強や救済を模索する銀行にとって、今は北尾氏のみが唯一の選択肢かもしれない」と、同氏は話す。

SBIの広報は、新政権の政策でどのような追い風を受けそうかという問い合わせにコメントしなかった。

SBIは提携戦略を狙い通りに進められるのか。ともに利益を手にすることができる関係を構築できるかが鍵を握りそうだ。

北尾社長は7月上旬のインタビューで、「行員全部の意識がトップから下まで変わらなければならない」と語った。提携先の銀行に、2019年に上映された映画「二宮金次郎」を見るよう勧めているという。

(梅川崇、和田崇彦、藤田淳子 編集:久保信博)

[ロイター]


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