最新記事

世界経済

「韓国・文在寅の最低賃金引き上げは失策」説を信じるな 国家の大問題を語る人よ、落ち着け

2020年8月13日(木)19時25分
デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長) *東洋経済オンラインからの転載

日本のマスコミの多くは、最低賃金引き上げ後の騒動は取り上げましたが、すぐに落ち着いた事実はほとんど報道しませんでした。

これでは、冒頭でご紹介したように「最低賃金の引き上げで韓国経済はボロボロになった」という認識を持っている人がいても、ある意味仕方がないとは思います。ですが、その認識を根拠に何か意見をする場合には、一度落ち着いて、失業率のデータを探すくらいの慎重さがあってもいいのではないでしょうか。

客観的に見れば、2018年と2019年の最低賃金の引き上げは、韓国の失業率には大きな影響を与えているとは言えないのです。

この記事では、倒産の統計はあえて紹介しません。それは、倒産が増えても、失業率が上がらなかったら、その統計は重要ではないと考えているからです。

日本では、倒産イコール失業率の上昇と捉えている人が多いですが、それは誤解です。統計上、日本の経営者が強調するほど、倒産と失業率の間には相関関係も因果関係もないのです。

私は、韓国の産業構造は日本以上に弱いと考えています。しかしデータを分析すると、最低賃金で働いている人の賃金は、この2年間の引き上げで表面的に30%も増えたことがわかります。しかもこの間、失業者は増えていないのです。

2019年、韓国は労働生産性で日本を抜いた

では、労働生産性はどうなったでしょうか。世界銀行によると、韓国の購買力調整済み労働生産性は1991年の51位から、2019年には31位まで上がりました。この年の日本の順位は34位で、初めて韓国に抜かされました。GDPを人口で割った生産性でも、IMFの2020年予想では、韓国は日本の99.2%まで上がり、2021年か2022年には日本を抜いていく勢いです。

newsweek_20200813_124811.jpg

乱高下はあったものの失業率が高まっているわけではないこと、2019年に韓国の労働生産性が世界で31位まで上がって、初めて日本を抜いたことを考えると、韓国の最低賃金の引き上げが失敗だったという理屈は成立しづらいと思います。長い目で見れば、成功したという評価になるかもしれません。

なお日本では最低賃金の議論に絡めて、韓国の若年層の失業率の高さがよく取り上げられます。Korea Labor Instituteによると、求職中の若年層の約8割は大卒ですが、韓国企業の求人のうち大卒を求めているのは全体の3割だそうです。これは小規模事業者が日本以上に多く、日本以上に産業構造が弱体化していることを反映していると解釈しています。

韓国の最低賃金引き上げは「失敗」ではない

結論として、最低賃金で働いている人の給料は30%も上がりましたが、最低賃金の引き上げの影響は長引くことなく、長期トレンドに戻っているのです。

たしかに数カ月間の騒動はありましたが、結局、韓国で行われた最低賃金引き上げの影響は、日本で大げさに言われているほどのものではなかったのです。

各国で行われた1451もの研究を総括すると、最低賃金引き上げは雇用全体には悪影響を与えないということは、前回説明しました(参照:最低賃金「引上げ反対派」が知らない世界の常識)。そもそも韓国というたった1つの国のエピソードだけで、この結論を否定することはできません。

さらに韓国の例でも、時間が経ってデータがそろってきた段階で検証してみると、最低賃金の引き上げは雇用全体には影響を与えないというコンセンサスどおりだったと言っていいと思います。

とはいえ、私は別に、日本でも韓国のように大幅に最低賃金を引き上げるべきだと提唱しているわけではありません。日本は、イギリスのように継続的に、毎年3%から5%ずつ引き上げるべきだという従来からの主張に変わりはありません。

reuters__20200813131723.jpg

『日本企業の勝算』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら。楽天サイトの紙版はこちら、電子版はこちら
 

※当記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら
toyokeizai_logo200.jpg




今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ジャワ島最高峰のスメル山で大規模噴火、警戒度最高に

ビジネス

中国、債券発行で計40億ユーロ調達 応募倍率25倍

ビジネス

英CPI、10月3.6%に鈍化 12月利下げ観測

ビジネス

インドネシア中銀、2会合連続金利据え置き ルピア安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中