最新記事

ヨーロッパ経済

ユーロ版マーシャルプランの中身と効果

3年で約2440億ドルが投じられるが、問題は本当に資金が必要な国に届くかどうかだ

2013年2月15日(金)17時06分
ポール・エイムズ

「現代版マーシャルプラン」と期待される成長戦略はEU再生の切り札となるのか Lisi Niesner-Reuters

 昨年夏、EU(欧州連合)首脳が1500億ドルを超える成長戦略に合意したときには、「現代版マーシャルプラン」と喧伝されたものだ。あれから7カ月、資金の流れにも経済にも目立った動きは見られない。

 ユーロ圏の失業者は過去最悪の1880万人。今も月10万人が職を失っている。昨年の経済成長率はマイナス0.4%で、今年の成長見通しもゼロ近辺をさまよう。ギリシャの深刻な景気後退は6年目に突入し、スペインでは4人に1人が失業中だ。

 しかしヨーロッパの複雑な官僚組織の中で滞っていた資金が、ようやく動き始めそうだ。先月、EU加盟27カ国が欧州投資銀行(EIB)の135億ドルの増資を正式承認した。これでEIBは新規融資を800億ドル拡大でき、向こう3年間で約2440億ドルの資金が中小企業や研究開発、公共事業に投じられる。

 あまり注目されないが、EIBの信用格付けは最上級のトリプルAだ。このため低利の長期融資と資金調達が可能になる。

 EIBの1ユーロの投資は、他の銀行から2ユーロ分を引き付けるともいわれる。「民間投資の呼び水になることが多いので、1ユーロをはるかに超える価値がある」と、欧州政策研究センターのファビアン・ツレークは言う。

 欧州プログレッシブ財団の報告書によれば、EIBの融資拡大で今後2年間のEU成長率は0.6%底上げされ、最低120万人の雇用が生まれる。これは「かなり控えめな予想」だと、報告書を共同執筆したステファニー・グリフィスジョーンズは言う。「インフラ整備以外で中小企業への融資の効果を考慮すれば、数字はさらに上がる」

融資にも高いハードル

 通常ならEIBの融資の10%は域外向けだが、今回はユーロ圏内限定とされる。審査中の案件には、スペインのかんがい・汚水処理施設の整備(19億ドル)、イタリアの中小企業への信用供与(2億400万ドル)、チェコの高速道路プロジェクト(2億2100万ドル)などがある。

「成長や雇用を促進するために長期貸し出しを行うことが任務」と、EIB広報のリチャード・ウィリスは言う。債務危機国の中小企業を支えるのも重要な仕事だ。ギリシャやスペインなどでは、業績の良い企業までが資金繰りに窮し、従業員を解雇せざるを得なくなっている。

 だが「本当に必要な国に資金が渡っているか注視しなくては」と、ヨーロッパ労働組合連合の経済顧問ロナルド・ヤンセンは言う。市場原理に邪魔されたり、ドイツやイギリスなどEIBへの出資額の多い国まで融資が欲しいと言い出しかねない。

 EIBの貸し出しは事業費用の50%までに制限されているが、ギリシャやスペインなどでは残りを政府や民間が工面できない恐れがある。交通やエネルギー、通信インフラのプロジェクトに充てるユーロ共同債や、貧困地域の開発資金をめぐって同様の問題が生じるかもしれない。

「成長戦略は不十分」とツレークは言う。「事業資金の折半や管理体制の確立などは、危機にある国にはハードルが高い」

 今月の会合では20年までの予算の枠組みが議論される。1.3兆ドル程度になるとみられるが、イギリスやドイツは減額を求め、フランスは農業助成金の引き下げに反対するなど各国の思惑は対立。景気浮揚策として有望な研究開発や新たな電力網への投資は大幅に減りそうだ。

 一方、EU域内の電子商取引の促進や自由貿易協定交渉などが実を結ぶには、かなりの年月がかかるだろう。「財政再建計画は棚上げにして、経済成長を促すことが先決」と、ヤンセンは言う。

From GlobalPost.com特約

[2013年2月12日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減

ビジネス

米KKRの1─3月期、20%増益 手数料収入が堅調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中