コラム

中国を封じ込める「海の長城」構築が始まった

2020年12月16日(水)18時00分

西太平洋上に現れた新たなプレーヤー

12月5日、産経新聞のネット版である産経ニュースは、独自の報道として重大な意味を持つ動きの1つを伝えた。日本の自衛隊と米軍、フランス軍が来年5月、尖閣諸島(沖縄県石垣市)など離島の防衛・奪回作戦に通じる水陸両用の共同訓練を日本の離島で初めて実施することとなったというのである。

産経の記事は、「日米仏の艦艇と陸上部隊が結集し、南西方面の無人島で着上陸訓練を行う」と伝えた上で、「東シナ海と南シナ海で高圧的な海洋進出を強める中国の面前で牽制のメッセージを発信する訓練に欧州の仏軍も加わり、対中包囲網の強化と拡大を示す狙いがある」と解説した。

ここでもっとも重大な意味を持つのは、フランスがアメリカとともに参加することである。アメリカは日本の同盟国だから、日米合同で尖閣防備の軍事訓練を行うのは当たり前だが、フランスの参加は意外だ。フランスはすでに意を決して、自分たちの国益とは直接に関係のない東シナ海の紛争に首を突っ込み、中国と対抗する日米同盟に加わろうとしているのだ。もちろん中国からすれば自国に対する敵対行為であるが、フランスは一向に構わない。

実は欧州のもう一つの大国イギリスもフランスと同じような計画を考えている。共同通信は12月5日、「英海軍、空母を日本近海に派遣へ 香港問題で中国けん制」という以下のニュース記事を配信した。

「英海軍が、最新鋭空母『クイーン・エリザベス』を中核とする空母打撃群を沖縄県などの南西諸島周辺を含む西太平洋に向けて来年初めにも派遣し、長期滞在させることが5日分かった。在日米軍の支援を受けるとみられる。三菱重工業の小牧南工場(愛知県)で艦載のF35Bステルス戦闘機を整備する構想も浮上している。複数の日本政府関係者が明らかにした」

英海軍が日本近海に現れる本当の狙い

1人の日本国民として中国の軍事的膨張を真剣に憂慮している筆者は、ネット上でこの記事に接した時には大きな感動を覚えた。大英帝国としてかつて世界の海を制覇したイギリスが、空母打撃群を派遣して日本周辺の海に長期滞在させるのである。「長期滞在」だから、パフォーマンスのためでもなければ単なる示威行動でもない。イギリスは日米同盟と連携してアジアの秩序維持に加わろうとしている。その矛先の向かうところは言うまでもなく中国である。

共同通信の記事は、空母打撃群派遣の狙いについて「香港問題で中国けん制」とも解説しているが、イギリスがいまさら武力を用いてかつての植民地の香港を奪還するようなことはありえない。ロンドンの戦略家たちの目線にあるのは当然、日本周辺の海域で軍事的紛争がもっとも起きやすい場所、尖閣や台湾海峡、そして南シナ海であろう。

もちろん、老練な外交大国・軍事強国のイギリスは、一時的な思いつきでこのような意思決定を行う国ではない。むしろ、深慮遠謀の上での長期戦略だと見ていい。かつての世界の覇主だったイギリスはどうやら中国を戦略的敵国だと認定し、この新覇権国家の膨張を封じ込める陣営に加わろうとしている。

そして、この原稿を書いている12月16日、大ニュースがまた飛んできた。産経新聞の報じたところによると、ドイツのクランプカレンバウアー国防相は15日、日本の岸信夫防衛相とのオンライン対談で、独連邦軍の艦船を来年、インド太平洋に派遣する方針を表明。南シナ海での中国の強引な権益拡大をけん制するため、「自由で開かれたインド太平洋」に協力する姿勢を明確にした。

戦後は軍の対外派遣に慎重だったドイツもつい重い腰を上げて、対中国包囲網の構築に参加することになった。来年、英仏独3カ国の海軍に米海軍と日本の海上自衛隊が加わり、世界トップクラスの海戦能力を持つ5カ国海軍が日本周辺の海、すなわち中国周辺の海に集まって中国封じ込めのための「海の長城」を築こうとしているのである。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸、円安が支え 指数の方向感は乏しい

ビジネス

イオンが決算発表を31日に延期、イオンFSのベトナ

ワールド

タイ経済、下半期に減速へ 米関税で輸出に打撃=中銀

ビジネス

午後3時のドルは147円付近に上昇、2週間ぶり高値
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story