コラム

自己弁護に追い込まれた「独裁者」の落ち目

2020年02月20日(木)16時37分

問題となっているのは、前述の「私は1月7日に中央政治局常務委員会を開催し、その時に新型コロナウイルス肺炎の予防活動に関して要求を出した」という発言である。

この発言がまず奇妙なのは、習は自分が「要求を出した」と言いながら、この「要求」の具体的内容に触れていない点である。冒頭から引用した彼の講話は、それ以外の自分のとった措置や出した指示について必ずやその内容に言及しているが、「1月7日の要求」にだけ具体的な内容の言及がない。それは何を意味するのか。

事実関係からすると1月7日以降、少なくとも1月20日までは武漢市当局や中国政府による情報隠ぺいは続いていたし、政府は肺炎の拡大に対して本格的な措置を一切取ってなかった。

もし習が彼自身の言うように「1月7日に要求を出した」のであれば、この「要求」の中身は「情報公開せよ、拡大防止のためにきちんと対応せよ」というのではなく、その正反対だったのではないか。つまり習が1月7日に出した要求は情報隠ぺいへの要求であり、そうならば習こそ情報隠ぺいの指示者、親玉だったことになる。ちょうど「情報公開の権限を上から与えられていない」という武漢市長の発言ともぴったり一致する。

習の自己弁護のための発言は全く裏目に出て、彼自身の疑惑をさらに深める結果となった。政治指導者としての愚かさは明々白々であり、そのことはまた彼のより一層の権威失墜につながるはずである。

習近平の指導力に疑念が?

この「1月7日要求発言」がもたらしたもう1つの問題はすなわち、習の指導力に対する疑念を深めたことにある。というのも、この1月7日から20日までの約2週間、中央政府も湖北省・武漢市両政府もこの肝心の「肺炎予防活動」に本腰を入れて対策を講じた痕跡はまったくない。そしてその結果、感染症拡大を阻止するもっとも大事な時間をロスし、武漢そして全国へのウイルスの拡散を許してしまった。

この責任はどこにあるのか。習の「1月7日に要求を出した」発言によって、責任問題はまさに彼自身のものになってしまった。彼が出した「要求」の中身がどうであろうと、「要求」を出したことは要するに、習はその時点ではすでに新型肺炎のことを知っていて、ある程度の実態報告を受けていたことを意味する。ならば、その日から2週間にわたる政府の致命的な不作為の責任はまさに習にあるのであって、その無責任と不作為が大変な災害をもたらした、ということになる。

しかも1月7日から20日までの間、習はミャンマーへ外遊し、肺炎とはあまり関係のない雲南省を視察して時間を費やしていた。その無責任さは余計に国民の目につく。

習は自己弁護すればするほど窮地に追い込まれているが、最近では、彼のこうした苦境にいっさい「配慮」せず、むしろ追い討ちをかける動きも出ている。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

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