コラム

米中貿易「第1段階合意」が中国の完敗である理由

2019年12月16日(月)12時00分

実は、この第1段階の合意に至るプロセスや合意にかんする中国側の発表の仕方などから見ても、合意の内容は中国にとって屈辱的な不本意なものであることが分かる。

まず、実に奇妙なことであるが、今年の10月までにずっと中国側を代表してアメリカとの貿易協議に当たってきた劉鶴副首相が、第1段階の合意が近づいてきている11月から突如、協議の場から姿を完全に消した。12月13日の合意達成までの数週間、劉の動静はいっさい伝えられていないし、13日の中国政府による合意発表の場にも現れていない。言ってみればこの合意は、中国側のトップの交渉責任者が不在のままの合意である。全く奇妙だ。

その理由は考えみれば実に簡単だ。第1段階の合意は中国にとって屈辱の不平等条約であるからこそ、習近平主席の側近の側近である劉鶴は意図的にそれに関わっていないようなふりをして、自らの政治的責任を回避しようとしているのであろう。そしてそれはまた、習主席自身の政治的権威を傷つけないための措置でもある。

さらに興味深いことに、13日に中国政府が記者会見を開いて合意に関する声明を発表した時、劉鶴が出ていないだけでなく、部長クラス(日本で言えば閣僚クラス)は誰1人として姿を現していない。今までの貿易協議に関わってきたはずの商務部長(商務大臣)の鐘山までが欠席している。出席者全員が各関連中央官庁の副部長(副大臣)ばかりである。

このような様子から見ても、アメリカとの第1段階の合意は中国にとっては実に不味いものであることがよく分かろう。不味いこそ、地位の高い幹部ほどそれから距離を置いて見せたのである。

中国経済を「破壊」するアメリカの制裁

習近平政権は一体どうして、このような屈辱の「不平等条約」を受け入れたのか。最大の理由はやはり、アメリカの制裁関税の破壊力で中国経済が大変深刻な状態に陥っていることだろう。

国内消費が決定的に不足している中で、対外輸出こそは中国経済成長の原動力の1つであるが、今年の8月から連続4カ月、中国の対外輸出はマイナス成長となっている。そして11月に中国の対米輸出は前年同期比では何と、23%以上も激減した。貿易戦争がさらに拡大していけば、中国経済がどうにもならないのは明々白々である。だから中国としてはどんなことがあってもアメリカの制裁関税の拡大を食い止めたい。そして今までの制裁関税をできるだけ減らしてもらいたい。だからこそ中国は止むを得ず、屈辱の不平等条約を飲んでしまったのである。

20191224issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

12月24日号(12月17日発売)は「首脳の成績表」特集。「ガキ大将」トランプは落第? 安倍外交の得点は? プーチン、文在寅、ボリス・ジョンソン、習近平は?――世界の首脳を査定し、その能力と資質から国際情勢を読み解く特集です。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ワールド

ロ凍結資金30億ユーロ、投資家に分配計画 ユーロク

ワールド

NATO事務総長、国防費拡大に新提案 トランプ氏要

ワールド

ウクライナ議会、8日に鉱物資源協定批准の採決と議員
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story