コラム

米保守派の大スター、ラッシュ・リンボーの負の遺産(パックン)

2021年03月06日(土)16時00分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)

What He Left Behind / (c)2021 ROGERS─ANDREWS McMEEL SYNDICATION

<1988年から30年以上にわたって全国放送で保守派の怒りや憎しみをあおり、1000万人超のリスナーに行動を呼び掛けた>

日本で知られていない、最もアメリカで影響力を持っている超有名人は誰だと思う? あっ、知られていないから、答えようがないか......。正解はラジオ番組司会者で保守派のスーパースター、ラッシュ・リンボー。

昔、政治系メディアは基本的にバランスの取れた、味気ないものだった。今は、口に合う人は大喜びし、合わない人は吐き気がするほど、辛くて濃厚なものになった。何が変わったかというと、反対意見も伝えることを義務付けた「公平原則」が1980年代のレーガン政権下で廃止されたのだ。つまり、不公平な、偏りっぱなしの番組内容が許されるようになった。

そのチャンスを最初期につかんだ「調理人」が2月17日に死去したリンボー。88年から30年以上にわたって平日の3時間の間、全国放送で保守派の怒りや憎しみをあおり、1000万人超のリスナーに行動を呼び掛けた。

共和党は94年の中間選挙で歴史的な勝利を記録したとき、リンボーのおかげだと彼を「名誉議員」にした。昨年トランプ前大統領からは大統領自由勲章を授与された。1個でもメダル「ラッシュ」だ!

アメリカで pallbearer(ひつぎを担ぐ人)を務めるのは、故人が生前、お世話になった身内。「同性愛者が背を向けたら、それは(セックスの)お誘いだ」「フェミニズムはかわいくない女性が社会へアクセスできるよう作られた」「犯罪者の似顔絵は全部(黒人運動家の)ジェシー・ジャクソンにそっくり」などの「迷言」で知られるリンボーが遺したのは bigotry(偏見)、misogyny(女性蔑視)、hate(ヘイト)、racism(人種差別)だと、風刺画は指摘している。

遺さなかったのは、科学や真実へのこだわり。それらはとっくに葬られた。「ゴリラの存在から進化論が疑われる」「ハリケーンは近年上陸していないから、地球温暖化論は破綻した」「新型コロナはただの風邪」などとしばしば主張した。でも否定しても事実は変わらない。「たばこは健康を害さない」と主張した葉巻大好きなリンボーの死因は、肺癌だった。

真実より視聴率、議論より娯楽、国より放送局と、重心がずれた今の政治メディアの生みの親は安らかに眠るかもしれないが、彼が遺したアメリカはちっとも安らかではない。

【ポイント】
Rush Limbaugh

聴取者参加型の『ラッシュ・リンボー・ショー』の司会者として、アメリカの保守主義を牽引。トランプなど共和党大統領も在任中に同番組にたびたび出演した。

Fairness doctrine
公平原則。放送の公平性を保つため、米連邦通信委員会がテレビとラジオに対して1949年に導入した。言論の自由を妨げているとして87年に廃止された。

プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英製薬アストラゼネカ、米国への上場移転を検討=英紙

ワールド

米EV推進団体、税額控除維持を下院に要請 上院の法

ビジネス

マネタリーベース6月は前年比3.5%減、10カ月連

ワールド

トランプ氏、義理の娘を引退上院議員後任候補に起用の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 9
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story