コラム

「スペシャル」な米教育長官の非情すぎる予算カット(パックン)

2019年04月18日(木)17時40分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)

Not-So-Creative Disruption / (c) 2019 ROGERS─ANDREWS McMEEL SYNDICATION

<トランプが選任したデボス教育長官は教育専門家でもなければ、教員の経験もない。公立学校ではないチャータースクール(公設民営校)の推進論者だ>

アメリカは100年以上前から弱者に優しい国を目指している。徐々に女性や少数派人種、LGBT(性的少数者)などを守る制度や法律ができ、差別概念を是正するように言葉遣いも変わってきている。身体障害、知的障害のある人に対してもそう。バリアフリーを義務化する法律も、職場や教育現場で彼らの権利を守る制度も広まった。そして handicapped や disabled より people with special needs(特別な配慮が必要な)という表現が主流となってきている。

その中で、知的障害のある人々の健康と幸福を応援する Special Olympics(スペシャルオリンピック)が51年前にできた。30種目以上あるスポーツ大会だが、第1回のイリノイ州から全米へ、アメリカから世界へと広がり、今や世界各地で毎年10万ものイベントが開催されているという。優しい国を心がけるアメリカ国民の間ではスペシャルオリンピックは大人気で、教育省がみんなの税金で支援している。

そんな教育省に2年前、ドナルド・トランプ大統領の抜擢でとても「スペシャルな」長官が選ばれた。

ベッツィー・デボス教育長官はそもそも教育の専門家ではない。教員免許もなければ先生の経験もない。生徒として公立学校に通ったこともなければ、自分の子供を公立学校に通わせたこともない。むしろ、資産家であるデボスは営利目的の教育関連企業に投資しながら、チャータースクール(公設民営校)を推進し、伝統的な公立学校をなくす運動をしてきた人なのだ。そんな人を教育長官にするのは、エネルギー省の廃止を公約した政治家をエネルギー長官にするような、非常識過ぎる愚行だ。ちょっと待って......そっか! それもトランプがやったことだ!

そんなデボスの下、教育省はスペシャルオリンピックの補助金を全額カットした来年の予算案を発表。国民の反発を受け、3月末にトランプが撤回したが、「優しい国」から遠ざかる、歴史の逆行を象徴する瞬間だった。障害者を支援しないなんて、人種間の教育格差の是正措置「アファーマティブ・アクション」をなくしたり、LGBTの学生への人権侵害を許容したりするような、非常識過ぎる愚行だ。ちょっと待って......そっか! それらもデボス指揮下の教育省がやっていることだ!

弱者を保護しない現政権だから、スペシャルオリンピックも not so special(特別ではない)というだけのことだが、なぜか今回のことは僕には特別に残酷に感じられるのだ。

【ポイント】
STUDENT CIVIL RIGHTS

学生の公民権

PUBLIC EDUCATION
公教育

<本誌2019年04月23日号掲載>

20190423cover-200.jpg

※4月23日号(4月16日発売)は「世界を変えるブロックチェーン起業」特集。難民用デジタルID、分散型送電網、物流管理、医療情報シェア......「分散型台帳」というテクノロジーを使い、世界を救おうとする各国の社会起業家たち。本誌が世界の専門家と選んだ「ブロックチェーン大賞」(Blockchain Impact Awards 2019)受賞の新興企業7社も誌面で紹介する。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

化石燃料からの移行、COP30合意文書から削除 国

ワールド

英政府借入額、4─10月はコロナ禍除き最高 当局予

ビジネス

英小売売上高、10月は5月以来の前月比マイナス 予

ワールド

マクロスコープ:円安・債券安、高市政権内で強まる警
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 5
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 9
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 10
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story