コラム

「幻覚的ナショナリズム」にとらわれた中国の愛国者たち

2024年03月28日(木)19時29分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国

©2024 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国政府が初めて承認した中国人ノーベル賞作家である莫言が、「幻覚的ナショナリズム」にとらわれた愛国者たちに訴えられ、全人民への公開謝罪を要求されている>

莫言(モー・イェン)は、中国政府が初めて承認した中国人ノーベル賞作家である。その作品は「幻覚的なリアリズムによって民話、歴史、現代を融合させた」と評価された。魔術的リアリズム(幻覚的リアリズム)の中国語「魔幻現実主義」という言葉は中国で一時的にブームになり、莫言自身も「創作の無限の可能性を掘り返せただけでなく、リアルな社会問題もよく表現できた」と、その評価に納得した。

しかし、受賞から12年たった今、莫言の作品は「革命英雄を侮辱した」と愛国者らに訴えられた。それだけでなく、全国人民への公開謝罪も要求されている。莫言の作品に登場する革命英雄は格好悪く、日本軍人などの悪役のほうが格好良く描かれている......といった理由からだ。

これは幻覚ではなく本当の話だ。この手の話はほかにもある。例えば、江蘇省南京市のある商業施設が入り口のガラス戸に、春節のイベントのため赤い太陽をイメージした貼り紙を貼った。旭日旗と似ているため「売国」「媚日的」と批判が殺到し、耐えられなくなった施設側はついに謝罪して貼り紙を撤去した。


 

中国で最も売れている飲料水「農夫山泉」も、日米など外国から投資を受けた「外資企業」だとボイコットされた。ボトルの丸いフタは赤色だから隠れ日章旗だ、ラベルデザインは靖国神社のイメージではないかと「売国の証拠」をあら探しされ、3日連続で株価が続落。時価総額300億香港ドル以上が消えた。

中国で競争相手をつぶしたいなら、「外資系」「媚日派」と指摘すれば百発百中だ。江蘇省常州市のセブンイレブンは先日、全ての「農夫山泉」をコンビニから撤去し、「本店は決して媚日的な商品を販売しない」と宣言した。

もしノーベル愛国賞があれば、中国人は毎年受賞するだろう。莫言の「幻覚的リアリズム」よりもずっと幻覚的、現実的、刺激的な「幻覚的ナショナリズム」だ。ちなみに、つい先日、中国で最も偉大な民族企業・華為(ファーウェイ)のロゴが旭日旗に似ていると指摘された。さすがにファーウェイに対して不買運動をする度胸は愛国群衆にはない......と思われているが、そんなことはない。幻覚的ナショナリズムは、際限なく極端な行動を誘発する可能性があるのだから。

ポイント

魔幻現実主義 マジックリアリズム。日常にあるものとないものが融合した技法。シュールレアリスムと異なり、伝承や神話、非合理との融合を図る。中国の作家では閻連科(イェン・リエンコー)も有名。

農夫山泉 中国ミネラルウオーター大手。文化大革命で学校に行けず、日雇い労働者として働いた鍾睒睒(チョン・シャンシャン)が創業。愛国者だった競合企業「娃哈哈(ワハハ)」創業者の死が批判の発端。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

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