コラム

「世界は中国に感謝すべき!」中国が振りかざす謎の中国式論理

2020年03月17日(火)18時00分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

A Logic With Chinese Characteristics / (c) 2020 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<新型ウイルスの感染拡大は中国政府の不作為によって引き起こされた人災にも関わらず、世界に対して謝罪するどころか感謝を要求しはじめた>

「新型コロナウイルスで世界は中国に感謝すべき!」

ある作家が書き、新華社通信がシェアしたこの記事のタイトルを見た時、目を疑った。何かの間違いでは? 武漢から始まったこのウイルスに世界の人々が苦しめられ、各国の感染者数も増える一方なのに?

今回の新型肺炎は昨年12月1日に武漢で最初の患者が出たとされているが、ほぼ1カ月半の間、中国政府は武漢市民や国民に病気の存在をごまかしていた。明らかに政府の不作為によって世界に大きな迷惑をかけたのに、謝罪しないどころか「世界は中国に感謝すべき」と半ば公言している。どういう論理なのか? 

これは典型的な中国式論理だ。外国人でも中国通なら一度はこの論理に遭遇したことがあるはず。「コロナウイルスの感染源はまだ不明である。確かに中国で感染が爆発したが、感染源は中国とは確認されていない。だから、中国は一番の被害者だ! しかもウイルスの拡散を防ぐため、中国政府は多くの国民を閉じ込める都市封鎖をやった。世界を救うために巨大な犠牲に耐えた。だから世界は中国に感謝すべきだ」――。

あきれ返ってものが言えない。確かに普通の中国人、特に武漢市民は最もひどい被害者だが、今回の肺炎は中国の硬直化した官僚組織と権力者の無能によって引き起こされた人災としか言えない。不作為の権力者は被害を受けた世界の人々にまず謝罪すべきだろう。

しかし、中国式論理に基づき中国の権力者は誰にも謝罪しない。10年間に及んだ文化大革命を振り返れば分かる。あれほどの冤罪と死者が出たのに、今でも政府からの謝罪はない。謝罪どころか、最新版の歴史教科書は文化大革命の記述から「錯誤(過ち)」を削除し、社会主義を目指すための「困難な探索と建設の成果」と言い換えた。

中国のネット上には「中国政府には過ちや失敗なんか一度もない! いつも勝利から勝利へ」という皮肉な投稿もある。勝利以外の選択肢がないという体質こそ独裁者の本質だ。独裁者はいつも勝利を求め、人々はその勝利の恩徳に感謝すべきだと要求する。彼らこそ人類社会にとって最も危険なウイルスではないか?

【ポイント】
快点起来说谢谢中国!
さっさと起きて、中国よありがとう、と言いなさい!

最新版の歴史教科書
2018年1月、中学2年生向け歴史教科書から「文化大革命の10年」という項目が削除され、「困難な探索と建設の成果」として新設されたことが発覚。「毛沢東は資本主義が復活する危険があると認識を誤り」という表現も「資本主義が復活すると認識し」に改められた。

<本誌2020年3月24日号掲載>

20200324issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月24日号(3月17日発売)は「観光業の呪い」特集。世界的な新型コロナ禍で浮き彫りになった、過度なインバウンド依存が地元にもたらすリスクとは? ほかに地下鉄サリン25年のルポ(森達也)、新型コロナ各国情勢など。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

冷戦時代の余剰プルトニウムを原発燃料に、トランプ米

ワールド

再送-北朝鮮、韓国が軍事境界線付近で警告射撃を行っ

ビジネス

ヤゲオ、芝浦電子へのTOB価格を7130円に再引き

ワールド

インテル、米政府による10%株式取得に合意=トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋肉は「神経の従者」だった
  • 3
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で見つかった...あるイギリス人がたどった「数奇な運命」
  • 4
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 5
    『ジョン・ウィック』はただのアクション映画ではな…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 8
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 9
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 7
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 8
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子…
  • 9
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 10
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story