コラム

クルド民族運動指導者タラバーニの死

2017年10月06日(金)15時45分

PUKがKDPから分派した理由は、74年にKDP率いるクルド勢力がイラク中央政府と全面対決し、大敗北を喫したことにある。それまで資金援助してきたシャー時代のイランとその背景にあったアメリカに手のひらを返され、孤立無援となったバルザーニはほうほうの体でイラクから脱出、イランに亡命した。バルザーニのカリスマ性で維持されてきたKDPは瓦解、それを契機にしてシリアに亡命していたタラバーニたちがPUKを結成したのである。

以降、10年間にわたりイラク国内のクルディスタンでゲリラ活動を続けてきたのは、主としてPUKだった。フセイン政権はバルザーニ一族の一部を一時的に閣僚に登用する一方で、PUKを和平交渉に誘うなど、KDPとPUKの対立関係をうまく利用しながら、クルディスタンの分断を図ってきた。

そのKDPとPUKが再び行動を共にしたのは、1991年湾岸戦争以降のことである。湾岸戦争後、フセイン政権の弾圧を恐れたクルド民族が大量に国外に流出して難民化したことから、国際社会は北緯36度線以北をイラク政府に対して飛行禁止空域と設定した。北緯36度線以北とは、今のクルディスタンの領域と合致するわけではないが、クルディスタンの中心都市であるアルビルとドゥホークが含まれる。

ここに中央政府の影響力から逃れて、反政府活動を展開するには好都合な環境が生れた。そして1992年に初めての選挙が実施され、クルディスタン議会と自治政府を選出、実質的に半独立体としてのクルディスタンが成立した。選出された議会は、KDPとPUKがほぼ二分するものとなった。

ともに選挙でクルディスタン自治政府を、ひいては独立により近い政体を目指していく、との合意のもとに協力したKDPとPUKだったが、その共闘は長く続かない。クルディスタンの自立化を面白く思わないイラクのフセイン政権は1996年、バルザーニを抱き込んでPUKを孤立化させた。

クルディスタンという狭い政局で勝利を得るために、マスウード・バルザーニはクルディスタンの自立を犠牲にして、イラク政府と手を組んだのである。KDPとPUKが再び共闘するのは1998年だが、これはしぶとく生き残るフセイン政権に業を煮やした米政権が、反政府活動の拠点としてのクルディスタンを重視し、両党の仲介に乗り出したからであった。

まとめれば、クルディスタンの二大政党は歴史的に、アメリカやイラク政府との駆け引きを前提に、対立したり共闘したりを繰り返してきたのである。依存した相手に煮え湯を飲まされてきた過去の経験は、果たして現在のクルド勢力に活かされているのだろうか? 住民投票の実施に対するアメリカの反対やイラク政府の激しい反発など、クルディスタンを苦境に陥れている障害はあっても、なんとか乗り越えられると見越しているのだろうか?

ところで、タラバーニに代表されるPUKが70~80年代には左派知識人の支持を得ていたと述べた。封建的支配のバルザーニ一族に比べて、PUKはリベラルなイメージを持っていたことは確かだ。だが、サッダーム・フセインよりも長く一党の指導者であり続けたタラバーニもまた、独裁者としての性格を強めていった。

90年代、クルディスタンで反政府活動を行っていた左派活動家がこのように述べていたことを思い出す。「思想的傾向でいえばPUKのほうが近いのだが、タラバーニの支配体制はフセイン政権以上に厳しく、独裁的だ。むしろKDPのほうがバルザーニの悪口さえいわなければ、自由に活動させてくれる」。本来部族的なカリスマ性とは無縁なはずのタラバーニなのに、結果的にはPUKもまたタラバーニの親族で固められていった。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
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