コラム

クルド民族運動指導者タラバーニの死

2017年10月06日(金)15時45分

クルド民族運動の英雄という過去の栄光と、親の七光りで権力を二分する二大政党。民衆は必ずしも、その現状に満足しているわけではない。若い世代を代弁するような政党が出現しては二大政党に吸収されて、不満のはけ口を失っているのが現状だ。2009年にPUKから分派して「ゴラン(変化)」という新党が結成されたときには、特に若者に大きな希望を与えた。当時あるクルド人が言った。「自分の出身地域からすればバルザーニ支持は絶対なのだけど、心情的にはゴランに惹かれる」。

この後11月にはクルディスタン地域政府の議会、大統領選挙が予定されているが、一カ月前の大統領候補者受付には野党であるゴラン党から一人しか立候補が届け出られておらず、実施されるかどうか怪しい。住民投票から生まれた四面楚歌がクルディスタンの経済面、安全保障面での安定を脅かすことになれば、国内の政治不満も高まる。

イラク戦争後繰り返しテロや衝突で治安の落ち着かないイラクのアラブ地域に比べて、クルディスタン地域は、着実に安定と経済発展を獲得してきた。それはクルド人にとってのみならず、荒れるアラブ地域から逃れて避難してきたアラブ人やキリスト教徒、さらには人道支援や経済活動、教育に携わる外国人にとっても、それなりに安心して暮らせる場だった。それが今、急速に脅かされている。

イラクのなかにあって比較的自由と安全を享受できていた場が、さらなる自由を求めてイラクの外に出た結果安全を失うことになれば、悲劇というしかない。

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プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
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