コラム

モースル奪回間近:緊迫化するトルコとイランの代理戦争

2016年10月17日(月)11時50分

Ari Jalal-REUTERS

<イラク軍による、ISISの拠点都市モースルの奪回作戦が始まった。その一方で、シーア派民兵を支援するイランと、北部スンニ派を支援するトルコとの代理戦争が過熱している>(写真は、モースル攻勢に向けて準備する「ペシュメルガ(クルド系軍事組織)」)

 イラク治安部隊によるモースルのISからの奪回作戦が、秒読み状態だ(*イラクのアバーディ首相は日本時間17日朝に作戦開始を発表)。

 6月に西部のファッルージャをISから解放して以来、人民動員機構(シーア派民兵を中心としたイラク内務省管轄の治安部隊)などイラクの対IS部隊は、残されたIS占領地、モースルにすぐにでも向かおうと、意気軒高だった。実際早いうちから北進し、いつでもモースルは奪回できるのだけれど政治的に最も効果的なタイミングを見計らっているのだ、と言われていた。

 米大統領選直前に「勝利宣言」を持っていけるように調整しているのだなどと、囁かれていたが、政治的タイミングもさることながら、解放した後をどうするかが決まらないうちは手が付けられない、という逡巡が大きい。

【参考記事】ISISの「血塗られたラマダン」から世界は抜け出せるか

 というのも、6月のファッルージャ奪回作戦では、シーア派色が前面に打ち出されたことで、スンナ派の住民に危機意識が募ったこと、周辺のアラブ・スンナ派諸国が激しく反対したことなど、宗派対立再燃が危惧されたからだ。そのため、奪回後のファッルージャからは大量の国内難民が出現した。

 モースルもまた、ファッルージャ以上にスンナ派保守派の根強い土地柄である。アラブ・ナショナリズムの拠点のひとつでもあり、イランの支援を受けた人民動員機構が「解放」に来るのは、あまり望ましいことではない。ニネヴェ県の元知事、アシール・ヌジャイフィーは、シーア派色の強い人民動員機構に頼らず、「国民動員機構(ISと戦う義勇軍を管理する組織)」を招集して、自らの手で解放する、と主張してきた。

 その国民動員機構を始めとして、モースルを地盤に持つ野党勢力が代わりに頼りにしてきたのが、隣国トルコだ。国民動員機構の軍事訓練を仰いだり、イラク政府に疎まれたスンナ派の政敵が亡命先とするなど、北部在住スンナ派アラブ人の逃げ場となってきた。

 ここに、人民動員機構の後ろ盾のイランと、北部スンナ派の後ろ盾のトルコの間の対立、という、代理戦争状態が生れる。モースルをISから解放したらその後どうするか、という問題が熾烈になるのは、イラン対トルコという構造が露骨に浮かび上がってくるからだ。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

ニュース速報

ビジネス

再送米卸売物価、4月は前年比6.2%上昇 2010

ビジネス

ディズニー、1─3月利益は予想超え 動画配信契約者

ビジネス

NY外為市場=ドル横ばい、米指標はインフレ高進を示

ワールド

イスラエル、ガザ境界沿いに軍部隊集結 4日目も戦闘

MAGAZINE

特集:新章の日米同盟

2021年5月18日号(5/11発売)

台頭する中国の陰で「同盟国の長」となる日本に課せられた新たな重い責務

人気ランキング

  • 1

    日本経済、低迷の元凶は日本人の意地悪さか 大阪大学などの研究で判明

  • 2

    パイプライン攻撃のダークサイド、「次は標的を選ぶ」と謝罪

  • 3

    金正恩が指揮者を公開処刑、銃弾90発──韓国紙報道

  • 4

    【動画】ゲームにあらず、降り注ぐロケット弾を正確…

  • 5

    インドのコロナ地獄を招いた張本人モディの、償われ…

  • 6

    インドで新型コロナ患者が、真菌感染症(ムコール症…

  • 7

    孤独を好み、孤独に強い......日本人は「孤独耐性」…

  • 8

    バブルを生きた元証券ウーマンが振り返る日経平均の3…

  • 9

    横溝正史、江戸川乱歩...... 日本の本格推理小説、英…

  • 10

    天才実業家イーロン・マスクの奇想天外な恋

  • 1

    オーストラリアで囁かれ始めた対中好戦論

  • 2

    メーガン妃を誕生日写真から「外した」チャールズ皇太子に賛否...「彼女に失礼」「ごく普通」

  • 3

    かわいい赤ちゃんの「怖すぎる」声に、両親もスタジオも爆笑

  • 4

    パイプライン攻撃のダークサイド、「次は標的を選ぶ…

  • 5

    日本経済、低迷の元凶は日本人の意地悪さか 大阪大…

  • 6

    ノーマスクの野外パーティー鎮圧 放水銃で吹き飛ば…

  • 7

    プロポーズを断っただけなのに...あまりに理不尽に殺…

  • 8

    金正恩が指揮者を公開処刑、銃弾90発──韓国紙報道

  • 9

    新型コロナ感染で「軽症で済む人」「重症化する人」…

  • 10

    話題の脂肪燃焼トレーニング「HIIT(ヒット)」は、心…

  • 1

    メーガン・マークル、今度は「抱っこの仕方」に総ツッコミ 「赤ちゃん大丈夫?」「あり得ない」

  • 2

    「お金が貯まらない家庭の玄関先でよく見かける」1億円貯まる人は置かない『あるもの』とは

  • 3

    オーストラリアで囁かれ始めた対中好戦論

  • 4

    親日家女性の痛ましすぎる死──「日本は安全な国だと…

  • 5

    メーガン妃を誕生日写真から「外した」チャールズ皇…

  • 6

    ヘンリー王子、イギリス帰国で心境に変化...メーガン…

  • 7

    韓国、学生は原発処理水放出に断髪で抗議、専門機関…

  • 8

    ビットコインバブルは2021年ほぼ間違いなく崩壊する

  • 9

    知らない女が毎日家にやってくる──「介護される側」…

  • 10

    脳の2割を失い女王に昇格 インドクワガタアリの驚く…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中