コラム

パレスチナ映画『歌声にのった少年』の監督が抱える闇

2016年09月23日(金)18時20分

Kevork Djansezian-REUTERS

<現在公開中の映画『歌声にのった少年』はパレスチナの少年を主人公に夢と希望を描いているが、監督のハニ・アブ・アサドはイスラエル国籍のパレスチナ人として深い闇を抱えている>(写真は14年1月のアブ・アサド監督)

 先週、某民放のバラエティ番組を見ていて驚いた。パレスチナ人監督のハニ・アブ・アサドがゲストで出演していたのだ。

 監督の最新作『歌声にのった少年』の日本公開に合わせた、「宣伝」のための出演だったのだろうが、長年中東研究に携わってきた筆者からすれば、びっくりだ。パレスチナ映画がゴールデン・タイムの民放で紹介されるなんて! しかも監督自らが出演して、日本の芸能人相手にガザのパレスチナ人社会の現状を語るなんて!

「テロリストの親玉」視されてきたPLOのリーダー、アラファトがノーベル平和賞を受賞した、というまでの大転換とはいかないけれど、パレスチナ映画なんて説教臭いメッセージ性ばかり強くて悲惨な現状ばかり押し付けてくる、うっとうしくて暗いマイナーな映画だ、と思われてきた過去からすれば、とんでもないメジャー進出である。

【参考記事】1982年「サブラ・シャティーラの虐殺」、今も国際社会の無策を問い続ける

 アラブ映画のなかでもパレスチナ映画には、1980年代まではもっぱら政治的指向性が非常に強く出ていた。そりゃそうだろう、エンタメや恋愛ものを撮っている場合じゃない、芸術を含めたすべての事象が、パレスチナの解放という大義に向かっていた。パレスチナ内で撮影できないことから、海外のアラブ諸国、特にシリアやイラクの革命政権の協力で製作され、それも政治性を強く帯びる原因となった。

 だが、80年代末から90年代になると、第一次インティファーダが民衆運動として評価されたこと、オスロ合意締結により「和平」「共存」へと関心が高まったことから、国際社会のパレスチナ映画への評価も変わっていった。欧米に移住したパレスチナ人のなかから、ヨーロッパ好みの、芸術性の高い作品が次々に生まれたことも、大きく影響している。ベルギー在住のミシェル・クレイフィ監督はその代表的な例で、1987年の「ガリレアの婚礼」で同年カンヌ映画祭国際映画批評家連盟賞を受賞した。

 だが、ヨーロッパのツウは認めても、ハリウッドへの道は遠い。イスラエル出身のパレスチナ人、エリア・スライマーン監督の『D.I.』(2002年)は、カンヌ映画祭審査員賞、国際批評家連盟賞をとったのに、アカデミー賞では「パレスチナ人だから」という理由でか、候補にならなかった。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米アトランタ連銀総裁、任期満了で来年2月退任 初の

ワールド

トランプ氏、12日夜につなぎ予算案署名の公算 政府

ワールド

イランの濃縮ウラン巡る査察、大幅遅れ IAEAが加

ワールド

世界原油需給、26年は小幅な供給過剰 OPECが見
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 2
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 3
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働力を無駄遣いする不思議の国ニッポン
  • 4
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 9
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 10
    「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story