コラム

日本の次期首相に絶対的に必要なのは「円を守り抜く信念」

2025年10月15日(水)15時00分

公明党の連立離脱で、日本政治は一気に先行き不透明に Yuichi Yamazaki/Pool/REUTERS

<急激な円安にも円高にも、体力が衰えた日本経済は耐えられない>

昭和末期に円高不況に苦しんだトラウマを背負った日本社会には、今でも「円安が国益」という思い込みがあります。確かに工業製品の輸出がGDPを支えていた時代であれば、例えば対ドルの円安となれば北米向けの輸出の円建ての売上は拡大し、ドルベースの原価は圧縮されます。そこには明らかなメリットがありました。

けれども、現在の日本経済の構造はかなり変わってきています。確かに経団連などの財界は依然として円安を歓迎する立場です。ですが、その理由は昭和末期や平成初期とは異なってきています。日本でモノを作って輸出するビジネスモデルから、海外で生産して販売するビジネスモデルへと多くの産業がシフトしているからです。今回のアメリカによる関税外交が典型ですが、主要産業における外国ブランドには消費地に来て現地生産をするような圧力がかかるからです。

こうした現地生産を進めるに当たって、良く言われてきたのが「為替の影響を受けずに済む」という言い方でした。確かに現地でのドル建て販売価格に対して、コストは製造元である日本で円建てで計算するのであれば、過度に円高に振れた場合には最悪赤字になってしまいます。現地生産ならば売値もコストもドル建てなので、確かに円高円安の影響は避けられます。


そうなのですが、円安メリットというのは別の形で出てきます。それはドル圏で稼いだ売上や利益、あるいはドル圏の市場で形成された株価が、「円安の場合は膨張する」という現象です。現在の日本国内は、35年にわたる経済の低迷に苦しんでいますが、多くの日本発の多国籍企業は史上最高益を謳歌し、更には大卒初任給として年俸500万円、30代はじめで年俸1000万超えといった高処遇も実現しています。岸田政権は「賃上げを実現した」としていましたが、その原因は海外での業績を円に換算すると膨張するからであって、日本経済が強くなったわけではありません。ちなみに、現地で生産し、現地で販売した場合の業績は日本の国内経済であるGDPには加算されません。

物価高による「円安格差」

一方で、こうした円安には大きなデメリットもあります。現在の物価高がその最たるものであり、原油も、建設資材も、そして小麦や大豆などの食品原料も、円安になれば価格はどんどん上昇します。ここまでの議論はかなり単純化したものですが、それでも「円安のために高給を得られる多国籍企業のエリート社員」に対して、「円安が招く物価高に苦しむ庶民」という、いわば「円安格差」というものが存在するのは厳然たる事実だと思います。

日本円に関する為替レートについては、別の見方も成り立ちます。それは他でもない日本国の累積債務の問題です。その総額は1300兆円で、破綻水域であるGDP比200%をはるかに超えています。ただ、その多くは日本国内の個人金融資産と相殺され、更に外貨保有もあるので、国の対外債務は危険レベルではないとされてきました。ですが、これから「手取りアップ」「防衛費増額」「強靭化」などコスト増となる政策を続けるのであれば、国債を国際債券市場に出す、つまり対外債務を増やす局面はすぐに来ます。その場合には、円高ですとドル建て債務は膨張するので、円安のほうが安全ということにもなります。

ここまでは中期的、つまり3~5年レンジの問題ですが、より深刻なのは直近に起こるかもしれない為替レートの激動です。為替レートというのは、巨大な国際通貨市場で形成されるものですが、時として投機筋の動きがレートを大きく変動させることがあります。まず心配なのが円安が止まらないリスクです。

過度の円安は、過度の物価高を招くだけでなく、日本国内のあらゆる資産、つまり不動産や企業が外資に買収される危険をもたらします。輸入品であるエネルギーや原材料、資材が暴騰して業績が悪化した企業は、円建ての株価が下がり、更に円安でその株価がドルから見ると縮小することで、簡単に外資に買われてしまう、そんな悪夢のようなスパイラルが起きかねません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

EU、1080億ドル規模の対米報復関税検討 グリー

ワールド

対ロ和平、ダボス会議で米との協議継続へ ウクライナ

ワールド

米はグリーンランド管理必要、欧州の「弱さ」が理由=

ワールド

イラン大統領、米軍攻撃には「手厳しく反撃」と警告
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 2
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で国境問題が再燃
  • 3
    DNAが「全て」ではなかった...親の「後天的な特徴」も子に受け継がれ、体質や発症リスクに影響 群馬大グループが発表
  • 4
    シャーロット英王女、「カリスマ的な貫禄」を見せつ…
  • 5
    AIがついに人類に「牙をむいた」...中国系組織の「サ…
  • 6
    「リラックス」は体を壊す...ケガを防ぐ「しなやかな…
  • 7
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 8
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 9
    中国ネトウヨが「盗賊」と呼んだ大英博物館に感謝し…
  • 10
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 1
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 2
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 6
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 7
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 8
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広が…
  • 9
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 10
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story