コラム

自民党総裁選や野党の論戦、財政規律は大丈夫なのか?

2021年09月23日(木)16時00分

高市早苗氏(右から2人目)の「プライマリーバランスにこだわらず」という言葉が呼び水となった Eugene Hoshiko/Pool/REUTERS

<今回の政局では、明確に「財政規律の縛り」を解き放とうという動きが見られる>

自民党の総裁選では各候補から、そして総選挙を見据えた野党からも政策に関する主張が出ていますが、なかでも大きなテーマになっているのが財政規律の問題です。財政規律に関しては、国債依存度を強めていった1970年代後半以降、政治の大きなテーマでした。

1990年前後に始まる日本経済の長期にわたる低迷期には、衰退に抵抗して大盤振る舞いをした小渕政権が成果を生まなかったことへの反省から、小泉政権以降の20年間、まがりなりにも財政規律は強く意識されてきました。

そうしたなかで、財務省は一貫して財政規律に敏感な姿勢を保っていました。また、2009年から3年間の民主党政権は、最後には「3党合意」で消費税アップを行うなど、財政規律には敏感でした。

その後の、第二次安倍政権は「アベノミクス第2の矢」によって、積極的に財政出動を行うとしましたが、一線を超えたバラマキやハコモノへの浪費には自制が働いていましたし、消費増税も進めたのでした。財務省も、そして民主党政権も、安倍政権も日本の国家債務が危険水域に深く入り込んでいるという危機感は共有していたのです。

その一方で、近年では財政規律には必ずしもこだわらずに、日本はもっと投資を拡大すべきだという考え方も強くなってきました。例えば、国債発行残高が巨大であるといっても、国内の個人金融資産で消化できているという説明がその1つであり、その証拠に日本円は、少しでも引き締めをすると円高に振れてしまう「実力」を保っているというのです。

大きな転換点

これに加えて、2010年代からは「MMT理論」が世界的に流行しています。つまり政府の貨幣発行は会社で言えば返済義務のない資本金の増資のようなもので、弊害はないという新説です。さらに、こうした動きに上乗せして、コロナ禍による経済や雇用の落ち込みに対抗するための財政出動については、世界各国が限界一杯の思い切った歳出を始めています。

そんななかで、今回の政局ではこの「在籍規律という縛り」を解き放つ動きが見られるようになりました。これは非常に大きな転換点だと思います。

具体的には、まず高市早苗氏が「アベノミクスの継承」を言いながら、第三の矢である構造改革の旗は下ろしつつ「プライマリーバランスを崩し」てでも「危機管理投資・成長投資」を行うとしています。この、高市氏の「プライマリーバランスにこだわらず」という言葉は、インパクトがありました。

とにかくこの言葉は、過去20年の呪縛を解き放つ魔法の呪文のようでした。これが突破口となったようで、野党勢力も20兆~50兆円の「真水の経済対策」などと言い始めたわけです。

最終的には、自民党総裁選に立候補している4人の候補は、高市氏を除く3人も含めていずれも「プライマリーバランスを2025年度に黒字化する政府の財政健全化目標」を「先送り」すると言い出しています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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