コラム

イランとの応酬はまるでギャンブル、トランプ外交の極限の危うさ

2020年01月09日(木)16時45分

報復攻撃についてイラン側は事前に通告していた(写真は17年9月のイベントでテヘランの街頭に設置されたハメネイ師とミサイルの装飾) Nazanin Tabatabaee Yazdi/TIMA/REUTERS

<今回の一件でトランプはおそらく相当程度にペンタゴンを掌握したと見られるが......>

トランプ大統領の命令で、米軍がイランのソレイマニ司令官をイラクのバグダッド空港で殺害したのが1月3日。イランは大規模な報復を示唆していました。一部にアメリカとイランは「にらみ合いによる長期戦」となるのでは、という見方がありましたが、イランは早い時期に報復を実行しました。

イラク現地時間8日の未明、米軍が駐留するイラクの基地2カ所に、十数発の弾道ミサイルを撃ち込んだのです。対象となったのは、イラク中西部のアル・アサド空軍基地と関連施設、そして北部のアルビル基地でした。この2カ所への攻撃で、一時イランからは「80人死亡」という情報も流れていたのです。

専門家も、市場も、世論も、世界中が、「トランプの司令官殺害命令を契機として、大規模な戦争が起きる危険性」を覚悟したのでした。この事態を受けて、米国東部時間1月8日の午前11時にトランプ大統領が、ホワイトハウスで会見を行うというニュースが流れると、アメリカのメディアは一斉に「現政権発足以来、最大の危機」という報道を繰り広げました。

ところが、会見の時間が近づくにつれて、下げていたNY株式市場の株価はゆるやかに上昇に転じたのです。会見は11時を過ぎても始まらず、NYダウは40ドル高で小康状態となりました。そこへ、閣僚と軍の幹部が入場して来ました。閣僚というのは、ペンス副大統領、エスパー国防長官、ポンペオ国務長官、軍人は統合幕僚本部のメンバーでした。

イラン側からのメッセージ

中継していたCNNでは「政権内、そして軍との意見不一致はない、自分たちは一枚岩だということを誇示している」という解説をしていました。誰も何も言わない不気味な沈黙が流れましたが、各人の表情には緊張は見られたものの、開戦を覚悟した悲壮感はありませんでした。

約30分遅れでトランプ大統領が入場、いきなりイランを批判し、経済制裁の追加を言明しました。口調は厳しいのですが、本格開戦とか再報復という文言はないまま演説が進行して行きましたが、決定的だったのは前日のイラク2カ所へのミサイル攻撃を説明した部分です。

トランプ大統領は、攻撃により「アメリカ人にもイラク人にも犠牲者は出なかった」として、その理由としてはイラン側から事前通告があったと述べていました。つまり、この2カ所に対する攻撃において、イラン側は「これ以上は対立をエスカレートさせない」というメッセージを含めており、アメリカはそれを理解したというわけです。

市場には安堵感が流れて、ダウはザラ場で280ポイントも上昇し、一方で原油の先物は一気に下がりました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:仏新首相、富裕税が政権の命運左右 202

ワールド

原油先物は小動き、週間では2週連続の上昇へ

ワールド

米北東部7州とNY市、独自のワクチン推奨で連携 政

ワールド

米つなぎ予算案、19日可決か 下院議長「必要な票あ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story