コラム

長崎県と佐賀県の利害衝突から道州制を考える

2018年07月31日(火)17時20分

どうして佐賀県内のフル規格新幹線が着工できないのかというと、次のような対立があるからです。

<長崎県側>
全線フル規格新幹線を整備してもらいたい。そうすれば博多だけでなく、新大阪にも直通できる。リレー方式では「博多=長崎」が2時間5分から1時間22分と40分短縮になるだけ。このままでは新幹線の通った熊本や鹿児島と比較して長崎の経済は衰退してしまう。

<佐賀県側>
佐賀にはメリットはなく、デメリットばかり。何よりも特急から新幹線になると運賃が上がる。所要時間も35分が20分になるだけ。若者はみんなバスで行く。東京へは飛行機で行く。それなのに、フル規格新幹線の場合は地元負担を1000億円も拠出するというのは不可能。

こちらの問題も、堤防の開門問題同様にどちらにも一歩も譲れない理由があるというわけです。この問題については、FGTの開発が事実上断念された現在は、「リレー方式」「秋田新幹線のようなミニ新幹線方式」「全線フル規格」という3つの選択肢からの決断をしなくてはなりません。

実は、この7月に与党プロジェクトチームが、この問題についての会合を持っているのですが結論は出ず、先送りとなりました。国や長崎県が負担を増額して、佐賀の負担を軽減するというのが落とし所という見方が一部にはあります。

ですが、北陸新幹線の敦賀=小浜=京都=新大阪の延伸であるとか、四国新幹線構想などを考慮すると「新幹線の通過する距離に見合う地元負担」というルールに例外を作ることには、国としては強い懸念があり、決断ができずにいるのが現状です。与党としての判断のタイミングには、総裁選の行方も絡んでいるのかもしれません。

堤防の開門問題と、新幹線の地元負担問題、このような大きなトラブルが発生した背景には何があるのでしょうか? 別段、佐賀と長崎に歴史的な確執があるわけではありません。筆者は、新幹線の問題を中心に何度か両県を取材していますが、どちらの県庁も紳士的であり、お互いを気遣いつつ譲れない点は譲れないという中で、問題が解決できずにいるのです。

一つの問題提起として、仮に道州制が施行されて「九州全体の利益」から判断を下さざるを得なくなり、同時に九州全体の整備については道州に財源があるように制度設計を行えば、この種の問題について合理的な判断ができるのではないかと思っています。

新幹線の場合は、少なくとも全九州としてのメリットを追求するのであれば、全線フル規格にして、新大阪から長崎への直通新幹線を通す判断になるでしょう。また諫早湾の堤防問題について言えば、そもそもメリットを受ける営農者が合計で100世帯にも満たないプロジェクトに2500億円以上の堤防建設資金が投入されるという判断は、国ではなく道州に権限が委譲されていればもっとバランスの取れた結果になったのではないかと思われます。

道州制というと、維新の会などが主張する道府県庁のリストラという後ろ向きの話になりがちですが、広域的に財源をまとめ、広域的な最適解により行政を進める方向性として考え直すのであれば、あらためて議論のテーブルに乗せても良いのではないでしょうか。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

MAGAZINE

特集:顔認証の最前線

2019-9・17号(9/10発売)

世界をさらに便利にする夢の技術か、独裁者のツールか── 新テクノロジー「顔認証」が秘めたリスクとメリットとは

※次号は9/18(水)発売となります。

人気ランキング

  • 1

    【韓国政治データ】文在寅大統領の職業別支持率(2019年9月)

  • 2

    外国人への憎悪の炎が、南アフリカを焼き尽くす

  • 3

    韓国のインスタントラーメン消費は世界一、その日本との関わりは?

  • 4

    アメリカ人労働者を搾取する中国人経営者

  • 5

    9.11救助犬の英雄たちを忘れない

  • 6

    【韓国政治データ】次期大統領としての好感度ランキ…

  • 7

    2050年人類滅亡!? 豪シンクタンクの衝撃的な未来…

  • 8

    香港デモはリーダー不在、雨傘革命の彼らも影響力は…

  • 9

    「Be Careful to Passage Trains」日本の駅で見つけ…

  • 10

    「鶏肉を洗わないで」米農務省が警告 その理由は?

  • 1

    タブーを超えて調査......英国での「極端な近親交配」の実態が明らかに

  • 2

    消費税ポイント還元の追い風の中、沈没へ向かうキャッシュレス「護送船団」

  • 3

    「日本はもはや後進国であると認める勇気を持とう」への反響を受け、もう一つカラクリを解き明かす

  • 4

    韓国のインスタントラーメン消費は世界一、その日本…

  • 5

    【韓国政治データ】文在寅大統領の職業別支持率(201…

  • 6

    思い出として死者のタトゥーを残しませんか

  • 7

    9.11救助犬の英雄たちを忘れない

  • 8

    性行為を拒絶すると立ち退きも、家主ら告発

  • 9

    韓国男子、性との遭遇 日本のAVから性教育での仏「過…

  • 10

    英国でビーガンが急増、しかし関係者からも衝撃的な…

  • 1

    ハワイで旅行者がヒトの脳に寄生する寄生虫にあいついで感染

  • 2

    日本はもはや後進国であると認める勇気を持とう

  • 3

    嘘つき大統領に「汚れ役」首相──中国にも嫌われる韓国

  • 4

    ヒマラヤ山脈の湖で見つかった何百体もの人骨、謎さ…

  • 5

    2100年に人間の姿はこうなる? 3Dイメージが公開

  • 6

    寄生虫に乗っ取られた「ゾンビ・カタツムリ」がSNSで…

  • 7

    「TWICEサナに手を出すな!」 日本人排斥が押し寄せる…

  • 8

    「鶏肉を洗わないで」米農務省が警告 その理由は?

  • 9

    韓国で脱北者母子が餓死、文在寅政権に厳しい批判が

  • 10

    「この国は嘘つきの天国」韓国ベストセラー本の刺激…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集 資産運用特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!