コラム

中朝会談は日本にどんなメリットがあるか

2018年03月29日(木)19時30分

会談が配偶者同伴だったのも何かの意図なのか? KCNA-REUTERS

<北朝鮮が中国の後ろ盾を得たことで、アメリカが性急な軍事オプションに出る可能性は低くなり、当面の現状維持の見通しが強くなった>

北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が特別列車を仕立てて北京入りし、習近平・国家主席との首脳会談が行われました。事前の予告がなかったばかりか、特別列車が運行されたという映像が出回った直後も双方から公式発表はありませんでした。

さらに言えば、日本には事前に通告はなかったようです。こうした流れの延長で、南北首脳会談、米朝首脳会談が行われると、日本の外交は「取り残されるのではないか?」という懸念の声もあるようです。

この「取り残される」という疑問はあくまでも印象論で、大切なのは今回の北朝鮮核危機の「出口」がどのような形を取るかです。それが日本の利害に合致するのであれば、別に「取り残されて」も構わないわけです。反対に「日本が重要な役割」を担ったとしても、結果的に安全保障上の脅威が増したのでは何にもなりません。

日本の利害という観点から考えると、今回、中朝会談があったという事実からは、次のような仮説が考えられます。

まず1つ目は、この核危機の「出口」として「軍事オプション」という可能性は相当に低くなったということが言えます。トランプのアメリカが、北朝鮮を攻撃する可能性、あるいは北朝鮮が追い詰められて「暴発する」可能性、その双方について今回「中朝会談があった」事実だけで、大きな抑止の力学がかかったということが言えるでしょう。結果として、いわゆる在韓邦人保護の問題、武装難民の問題や、それよりも遥かに深刻な事態であろう韓国からの避難民などの流入という可能性も低くなったと言えます。

2つ目は、軍事オプションの可能性が低くなっただけでなく、「38度線が維持される」可能性が格段に高まったことです。つまり、危機の中で、準備不足のままで「なし崩し的に朝鮮半島の統一が発生する」可能性は低くなったと言えます。もっと言えば、これで一種の緩衝国家としての北朝鮮の政体が当分の間は維持される可能性が出てきたということが言えます。これは日本にとっては、東アジアのバランス・オブ・パワーの維持という観点から見て大きな安心材料となり得ます。

3つ目は、この後に予定されている南北首脳会談への影響という問題です。昨今の韓国の政治情勢などを考えると、文在寅政権は「近い将来の統一」へ向けて、大きな譲歩を行うような雰囲気もあったのですが、その可能性は低くなったと見ることができます。南北会談の前に、中朝会談があり、中国が北朝鮮を支えるポーズを取り、北朝鮮もそれを相当程度受容した印象があります。

韓国が先進国の民生主義や自由経済、言論の自由などといった基本的な条件を維持するのであれば、簡単には統一はできない、つまり中国の支持を受けた北朝鮮との間には、管理された冷戦は続くということになると考えられます。この点に関しては、文在寅に対して中国は先手を取ったと言えますが、大局的に見れば現状維持へ向けての大きな力が働いたということでしょう。これも日本にとっては、プラスと見ることができます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日本との関税協議「率直かつ建設的」、米財務省が声明

ワールド

アングル:留学生に広がる不安、ビザ取り消しに直面す

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、堅調な雇用統計受け下げ幅縮
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見...「ペットとの温かい絆」とは言えない事情が
  • 3
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 6
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 7
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 10
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story