コラム

トランプのメキシコ訪問と移民政策の奇々怪々

2016年09月01日(木)16時30分

 1つ目は、その「メキシコとの壁」の問題です。ペニャニエト大統領との会談の直後にも関わらず、スピーチの冒頭「1番目の政策」として、「メキシコ国境に大きな壁を作る」とブチ上げ、しかも「費用はメキシコ持ちだ」とやったのです。会場内は大喝采になりましたが、これは問題だと思います。

 アメリカでは、リオ五輪の際に自分が加害者のくせに、被害者だという証言をしているアメリカ人の水泳選手が、アメリカからブラジルに戻って出頭するかどうかが注目されているのですが、この水泳選手の問題と同じように、こんなことを言っていたら、メキシコから逮捕状が出てもおかしくないと思います。

 2つ目は、その雰囲気です。「さあ楽しい時間を過ごそう」という「いつもの支持者集会」と同じ軽い「ノリ」で始まり、「じゃあ、準備はいいかな? 1番目から行こう」という調子で、まるでお笑いトークショーのような話し方で入ったのには驚きました。

 聴衆は、ほとんどが「トランプのファン」と見られ、中身はどうでもいいからヒラリーやワシントンの悪口で盛り上がろうといったグループのようでした。例えば、イスラム教徒の入国者には「イデオロギー試験」をするという箇所で、聴衆から「USA、USA」というコールが出た場面では、トランプ自身も面食らったようで、「国を愛するのはいいことだ」などという意味不明のリアクションを返していたぐらいです。

【参考記事】好調ヒラリーを襲う財団疑惑

 一方で、「どうして不法移民はいけないのか?」というロジックとしては、「不法移民には凶悪犯罪を犯す人間がいる」という説明で一貫しており、何とスピーチの終わりには、「不法移民の犯罪者に殺された被害者の家族」を大勢登場させています。そして「犯罪者に寛容なリベラルは犯罪者と同じ」という憎悪を煽ったわけですが、この種の「ネガティブ・キャンペーン」は、市政や州政レベルならともかく、大統領選で使うのは珍しいと思います。とにかく、異様な雰囲気のスピーチでした。

 3つ目には、そんな「ヘイトスピーチすれすれ」の内容に加えて、簡単なことで「USAコール」を大合唱してしまう妙な聴衆という組み合わせにしては、具体的な内容は「穏健」だったということがあります。壁の費用について、相変わらず「メキシコ持ち」だと言っているのは大問題ですが、それ以外については、重大犯罪の場合の国外追放についても、ビザ発給時の生体認証の導入についても、中身は常識的でした。

 ということで、よく中身を検証してみると奇々怪々なのですが、支持者たちは大いに盛り上がって満足していたようです。もしかすると、ここまでバカバカしい選挙戦が続くのであれば、同時選挙となる共和党の上下両院議員の候補者たちも、「トランプと自分は別」だと開き直った選挙戦ができるかもしれません。その真意は不明ながら、奇々怪々な選挙戦が継続しているとしか言いようがありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

シェル、第1四半期は28%減益 予想は上回る

ワールド

「ロールタイド」、トランプ氏がアラバマ大卒業生にエ

ワールド

英地方選、右派「リフォームUK」が躍進 補選も制す

ビジネス

日経平均は7日続伸、一時500円超高 米株高や円安
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story