コラム

オバマ広島訪問をアメリカはどう受け止めたか

2016年05月31日(火)15時45分

 もちろん、スピーチは「さわり」だけでした。ですが、冒頭の「死が空から落とされた」という重苦しい一節も、被爆者を代表して参列した坪井直氏の「人間というのは素晴らしい」と思わせる笑顔と真剣な眼差し、そして同じく被爆者の森重昭氏と大統領の抱擁のシーンも、しっかり紹介されました。

 レポーターは、ホワイトハウス番の大物ではなく、長年国際部だったロン・アレンという地味なベテランでしたが、メリハリのあるナレーションをつけた立派なレポートでした。

 おそらくNBCなど各局は、一体どんな「絵」が日本から飛び込んでくるのか、事前にはよく把握していなかったと思います。結果的に大統領の見事なスピーチがあり、そして歴史的な被爆者代表との交流の映像が飛び込んできたのを受けて、2時間の間に急いで編集したのでしょう。

 ただNBCは、「反対派」をまったく意識していないわけではなかったようです。この日の番組の作りは、30日の「メモリアルデー」を祝うコンセプトになっており、スタジオの屋外、つまりニューヨークのロックフェラー・センターの前に作られた特設ステージに、5軍(陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊)の若い兵士たちを整列させ、この「オバマの広島訪問」のニュースが厳粛に伝えられました。

【参考記事】パックンが広島で考えたこと

 結果的に、そのメッセージは静かに、アメリカの全土に浸透していったと思います。新聞に関してはこの日は間に合わず、翌日の「土曜日週末版」での扱いになりましたが、ニューヨークタイムズが「オバマ大統領と安倍首相の握手」という写真だった一方、保守系と見られているウォール・ストリート・ジャーナルが、大統領と森氏の抱擁シーンの写真を大きくトップにカラーで取り上げたのが印象的でした。

 4月のケリー国務長官献花に始まり、世論の反応を丹念に見ながら発表のタイミングを探り、歴史的な演説に至ったホワイトハウスと大手メディアの連携は、ここで成功したと言っていいでしょう。

 もちろんそこはアメリカですから、反対論もあります。代表的なものを3点紹介すると、まず大統領候補のドナルド・トランプは、「大統領は日本にいる間に真珠湾での奇襲に言及しなかった。何千というアメリカ人が殺されたにも関わらず、だ」というツイートをしています。彼の「対象マーケット」の年齢や特性を考えると想定内と言えます。

 またタカ派のラジオDJであるラッシュ・リンボーは、保守サイト「ブライトバイト」が掲載している番組の記録によると、「大戦を終わらせるというトルーマンの決意をまったく支持していない」とか「どんな宗教も信仰によって殺人を許すことはないだって? 冗談じゃない、我々はナチと日本軍から自由を守るために戦って自分たちを守ったんだ」という、いかにもリンボーらしい言い方で、オバマの批判をしていました。

 ですが、リンボーがこうした発言をしたのは想定内ですし、冷静な語り口からは怒りや反発の激情と言うのは伝わってきませんでした。リンボーが冷静ということは、感情的な反発の拡散も限られているということを示しています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

郵送投票排除、トランプ氏が大統領令署名へ 来年の中

ビジネス

ノルウェーSWF、ガザ関連でさらに6社投資除外

ワールド

ゼレンスキー氏、ロシアの「冷酷な」攻撃非難 「訪米

ワールド

イラン、協力停止後もIAEAと協議継続 「数日中に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 4
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する…
  • 5
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 6
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    40代は資格より自分のスキルを「リストラ」せよ――年…
  • 9
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 10
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story