コラム

米共和党「シリア難民拒否」の根底にある孤立主義

2015年11月19日(木)17時35分

 3番目には、アメリカは自由と民主主義の理想郷だとして、混乱した「旧世界」からの脱出者を救済する存在だという理想主義があるわけですが、その伝統を受け継いでいるのは、どちらかと言えば民主党です。これに対して共和党は、開拓に苦労する中で過酷な自然や先住民との争いなどを通じて「自分たちのコミュニティの安全を守る」ためには自らが武装するなど「生き延びるためにはキレイ事を信じない」という現実主義を伝統として取り込んでいます。

 そうした共和党の現実主義は、時に民主党の理想主義と厳しく対立します。今回の論争はその典型例だと言えます。民主党の側では、ヒラリー・クリントン氏に次ぐ「女性政治家の大物」とみなされているエリザベス・ウォーレン上院議員(マサチューセッツ州選出)が、「共和党知事の難民受け入れ拒否」について上院の審議の中で激しい言葉で非難していましたが、どんなに批判しても哲学が違う以上は合意形成は難しいと思われます。

 そして4番目には、何よりも現在の共和党は大統領選へ向けて「ポピュリズムが全開モード」になっているということがあります。「不法移民は全員国外退去」、「メキシコ国境には高い壁を建設」といった極論で人々の心理を煽る「トランプ旋風」が荒れ狂っているからです。共和党の知事たちは、その風に立ち向かうことはできないという判断から「類似のメッセージ発信」をしているのだと考えられます。

 一部には、パリの事件を受けて「非常時だから保守の中ではジェブ・ブッシュへの待望論が拡大するだろう」という声もありましたが、現時点では「ジェブ復活の期待は空振り」で、むしろ「事件はトランプに追い風になっている」という兆候もあるぐらいです。

 各州レベルに続いて、議会共和党も同様の動きに出ており、就任早々のライアン下院議長は、「議会としてシリア難民受け入れ拒絶の法制化」に着手しました。そんな法案を通しても、オバマ大統領が拒否権を行使をすれば意味はありません。ですが、予算問題で「中道派的な工作」をして右派に微妙な距離感を残した新任の議長としては「自分の真正保守度」をアピールする機会と捉えている気配もあり、大統領との「正面衝突コース」へ向かいつつあるようです。

 一方で、フランスのオランド大統領は、シリア領内のISIL拠点であるラッカなどへの集中的な空爆を行い、パリ郊外サンドニでの激しい銃撃戦で容疑者グループを制圧した後に、シリア難民の「3万人受け入れ」を決定したと報じられています。

 そのオランド政権の判断の中に重たい「当事者性」を見るのであれば、アメリカの共和党が展開している「難民拒否という政治ゲーム」には、やはり「トラブルから距離を置こうという孤立主義」がクッキリと透けて見えるのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story