コラム

「宿題代行サービス」はどうしてダメなのか?

2015年07月30日(木)16時15分

 むしろ、前思春期の段階では、単純な原理原則を教えておいて、複雑な現代社会の実相に関しては、思春期の「世界観獲得」のプロセスで批判的な観点を出発点として理解させるようにした方が、最終的に抽象的な原則と、複雑な事実の間を自由に行ったり来たりするスキルを体得させるにはベターだと思います。妙に「すれた」子供を大量生産しても、結果的に「粉飾決算に加担するのがサバイバル」的な、能吏という名の「その他大勢」を生み出すだけなのではないでしょうか?

 もう1つの理由は、教師の権威を破壊するということです。「代行業者にやってもらった」宿題をそのまま受け取って、お人好しにも丸をつけたりコメントをつけたりして返すというのも問題ですが、教師として「怪しい」と気がついても親のクレームを考えて「事なかれ主義」で流すしかないかもしれません。ただでさえ、雑務とクレーム処理に追われる教育現場では、この「代行」問題に正面から立ち向かう余力はないとも言えます。こうしたビジネスを社会的に「認めない」ことで、教育現場への援護射撃を送るべきだと思います。

 一方で、夏休みの宿題自体が形骸化しているという面はあると思います。例えば、読書感想文の宿題がそうです。日本の学校教育における読書感想文というのは、「題材を批判してはいけない」というルール、そして「子供らしい語彙と表現を逸脱してはいけない」というルールがあって、その中で洗練度を競うゲームになっています。

 これでは、真に知的な思考の萌芽を抱えた子供は、バカバカしくて取り組む気にもならないでしょう。読書へのレスポンスというのは批評であり、大人の書評エッセイを原型に、知的批判精神を鍛えるようなフォーマットにあらためるべきだと思います。

 自由研究や工作についても、総合学習のカリキュラムとのリンクで、必要なスキルを入れた上で、客観的な達成度を要求するようには「なっていません」。そうした工夫はされないまま、昔からの惰性で宿題として出しているだけという場合も多いと思います。一律にドリルを渡して「1冊やりなさい」などというのも、形骸化としか言いようがありません。

 宿題代行サービスの流行は、中学受験という制度の問題、学校現場における教師と生徒の関係の難しさ、そして学校教育における「夏休みの宿題」の制度疲労といった問題を二重三重に映し出しています。社会として、このような風潮を認めてはいけないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科の社債権者、返済猶予延長承認し不履行回避 

ビジネス

ロシアの対中ガス輸出、今年は25%増 欧州市場の穴

ビジネス

ECB、必要なら再び行動の用意=スロバキア中銀総裁

ワールド

ロシア、ウクライナ全土掌握の野心否定 米情報機関の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story