コラム

大学入試改革を成功させる「3つの鍵」とは?

2014年12月26日(金)12時50分

 大学入試センター試験を廃止して「大学入学希望者学力評価テスト」を年複数回実施し、各大学の個別入試も筆記の点数だけではなく、面接や小論文、集団討論などを活用して選抜するよう求める答申を、中央教育審議会が行いました。

 この改革については「知識偏重型」から、思考力や判断力を多面的に評価する「知識活用型」への移行を目指すのが目標だとされています。早速色々な批判が出ているようですが、確かにこれは大きな改革になると思います。

 明治維新以来、現代に至るまで入学試験の選抜に関しては、静的な知識の記憶力と単純なパズル解読のスキルだけで終始し、「本質的な意味はない客観性」が重視されてきました。

 その代わり、知識の「活用」、つまり抽象的な思考力に関しては主として学生個々人の反骨精神に期待するという教育がされてきたわけです。戦前は自由民権、キリスト教理想主義、社会主義、自由主義、そして戦後は安保反対から全共闘そしてサブカルまで、抽象的な価値のハンドリングのスキルに関しては一切学生の自主性に任せてきたのです。

 そうした若者は就職すると「社会と和解」して、若き日に「社会改良の志とともに」学んだ抽象的な思考力を、今度は企業や政府機関などの「組織の利害追求」のために、良くも悪くも見事に応用して、日本の経済と社会を発展させてきました。

 ですが現代社会では、「社会を改良するのは困難」という閉塞感が横溢する世相に加えて若者の人口自体が減少していることもあり、若者の反骨精神による自発的な「抽象概念操作スキルの学習」を待っていることはできなくなっています。さらに、成熟社会を迎える一方で個々の企業に余裕のなくなった日本社会では、実学のスキル教育は就職後という「のんきな」姿勢は許されなくなりました。

 そこで明治以来のアプローチを180度転換して、高校生のうちに「抽象価値を扱う能力は大事だ」というメッセージを伝え、ただでさえ少ない若者の中から「抽象的な思考力のセンスのある」若者を選抜していく、同時に大学のカリキュラムもずっと実用的なものにして、欧米の大学に比較して著しく遅れることのないようにしようというわけです。

 私はこの方向性は間違っていないと思います。ですが、これは大きな制度改定です。下手をすると「ゆとり教育の失敗」と「法科大学院制度の失敗」が重なるような迷走に至る可能性があります。日本の大学教育全体への信頼が揺らいで、若者の多くが一斉に海外を目指すようになる可能性も否定できません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国軍機14機が中間線越え、中国軍は「実践上陸訓練

ビジネス

EXCLUSIVE-スイスUBS、資産運用業務見直

ワールド

ロシア産肥料を米企業が積極購入、戦費調達に貢献と米

ビジネス

ECB、利下げごとにデータ蓄積必要 不確実性踏まえ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story