コラム

回避されたアメリカの財政危機、「ティーパーティー」の誤算

2013年10月17日(木)15時27分

 本稿の時点では、可決された法案がホワイトハウスに回付され、大統領の署名を待っているところですが、とにかく「政府閉鎖」と「デフォルト危機」をめぐる与野党のバトルは終わりました。上院は圧倒的な過半数で通過した法案ですが、心配された下院の票決も「賛成285、反対144」となり、共和党保守派の「ティーパーティー」としては完敗というところです。

 これで当面の「デフォルト」の危険は去り、連邦政府の業務も再開されることになりました。2010年の中間選挙以来、アメリカ政界を「かき回して」きた「ティーパーティー」ですが、この敗北で影響力には翳りが生じていくものと思われます。

 では、彼等は何を誤ったのでしょうか?

(1)最初から作戦も落とし所もなかった、つまり無計画で「成り行き任せ」のくせにケンカを売ったというのが「そもそもの間違い」だと思います。最初に問題になった「政府閉鎖」にしても、テッド・クルーズ上院議員が9月24日に「21時間のマラソン演説」を行って「審議の時間切れ」を行ったために一種ハプニング的に発生したわけであり、共和党として計画的に行ったわけではないのです。

(2)医療保険改革が10月1日に施行された後で強硬な反対を続けた、これも計算ミスと言いますか「反対論の原理主義」に陥って、社会の全体が見えなくなっていたのだと思います。10月1日に新しい制度が発足したのですが、これまで医療保険に入れなかった人が廉価な保険に入れるようになり、加入希望者が殺到したのです。そのように制度が動き出しているにも関わらず、「廃止か延期」を叫び続けたのは失敗でした。

(3)景気を人質に取ったのは何ともマズかったと思います。そもそも2010年の中間選挙で「ティーパーティー」が躍進したのは、世論の中に「財政規律を」という声が充満したからではありませんでした。2008年の「リーマン・ショック」以来の不況、とりわけ雇用問題への不満が世論に満ちる中、その「オバマ批判」のエネルギーがブームを後押ししたのです。そのことを考えると、景気を人質に取ったというのは「初心を裏切る行為」であり、戦術として失敗でした。

(4)10月17日の「債務上限への到達期限」のギリギリまで抵抗したのも失敗でした。これによって、米国の国内景気だけでなく、世界経済まで人質に取った形になったからです。せめて先週末の時点、いや仮に17日の1日前に妥協したのでも、印象はずいぶん違ったはずです。民主党系の報道では「ティーパーティーは国家を分裂させた南北戦争の南軍のようなもの」という表現が出ていますし、一部の世論調査(Economist/YouGov)では「議会の支持率が7%、不支持は72%」という数字も出ており、その「不支持」は特に議会共和党に向かっています。

(5)最大の敗因は「悪いのはオバマだ。医療保険改革にこだわって対話を拒否したからだ」という印象を植え付けようとして失敗したという点です。オバマは、確かに医療保険改革に関しては柔軟ではありませんでしたが、結局のところは敵の先手を打って毅然とした態度を見せて、敵の自滅を待っていたわけです。まるでチャンバラ映画のような手法ですが、剣士オバマを囲んだティーパーティーの面々は、最後は斬られてしまったというわけです。

(6)市場が「脅し」に屈しなかったというのも大きいと思います。今週に関して言えば、株が大きく下げたのは月曜だけでした。一旦まとまりかけた合意が、先週末に「下院議員が一斉に選挙区に戻り、交渉を上院に投げた」ことで悲観論が出たのですが、以降はもう市場は下げませんでした。デッドラインの「17日」に至っては、議会の議決を見る前にNYダウは200ドル以上も上げているのです。それだけ民間の景気が力強いということも言えるし、市場として「共和党にはアメリカ経済を破滅させる度胸はない」ことを見破られていたとも言えるでしょう。

 そんなわけで、政治的にはオバマの勝利だと言えます。少なくとも短期的にはそうです。では、これでアメリカの政治は安定するのでしょうか? そう安心はできません。来年2014年の1月にやって来る「再度の政府閉鎖の危機」の可能性、そして2月にやって来るかもしれない「再度の債務上限危機」に向けて、どんな政治的な合意ができるかは、これまた「政界の一寸先は闇」という感じがします。

 ティーパーティーの怨念は深く、例えば「張本人」のテッド・クルーズ議員は選挙区であるテキサスでは「大人気」になっており、今でも2016年の大統領選へ向けて担ぐ動きがあるなど、まだまだ「大人しくはならない」という気配もあります。「ティーパーティー系」の議員の中には「問題は我々共和党が強硬論でまとまらなかったからだ。戦犯は党内の穏健派だ」などというアジを飛ばしている人もいるそう(CNNの報道による)ですから、穏やかではありません。

 結局は景気なのだと思います。1990年代の「均衡予算バトル」の際も、歳出カットを強く主張したギングリッチ下院議長(当時)率いる共和党が政争に負けた後に、ITと国際金融を中心とした「ニューエコノミー」が急速な景気拡大を果たす中で、ビル・クリントン政権は、「モニカスキャンダル」を乗り越えて高支持率のまま任期を終えることができました。

 オバマ政権が似たような「ハッピーエンディング」を迎えられるのか、その前に2014年初頭までの「予算と財政のバトル」を乗り切れるのかも、結局はアメリカ経済の動向にかかっていると思います。しかしまあ、アメリカというのは、つくづく「シナリオのないドラマ」とか、「締め切りギリギリの綱渡り」が好きな国です。その限りにおいて、アメリカの活力はまだまだ残っているのだと言えるのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story