コラム

尖閣を巡るPR合戦をどう戦えば良いのか?

2012年10月03日(水)11時03分

 それにしても、先週末にニューヨーク・タイムズに掲載された尖閣諸島領有権に関わる中国側の広告はインパクトがありました。この新聞はカネさえ払えば、テロリストに近い筋の主張から何から何でも掲載するのですが、それにしても2面見開きで買い付けるというのは異例です。そこに巨大な魚釣島のカラー写真が掲載されているのですから、ビジュアル的にも大変に目立つ広告でした。

 問題は、この広告が相当な「効果」があったようだという点です。例えば、アメリカの公立高校に通っている日本人の生徒によれば、普段は親日的なアメリカ人の生徒(複数)から「あの広告の主張は本当なのか? 尖閣は日本のものと思っていたが、中国の主張にも一理あるようだ」と言われたそうです。

 とにかく、PRに力を入れて、最後には米国世論を中国の味方とまでは行かなくても、日本の味方はさせないようにという、かなり強固な意図を感じます。そして、今回のものはある程度の効果を挙げていると言わざるを得ないのです。

 何が問題なのでしょうか? カネに糸目をつけない、2面見開きでのカラー広告という戦術でしょうか? そうではないのです。

 問題は、この広告の中で、あるいは同時期のLAタイムスの誤報もそうですが、日本による尖閣の領有権確定が「日清戦争の結果の下関条約」によるものだという情報操作があることです。

 どうしてこの情報操作が問題なのかというと、日本国内では実感は薄いかもしれませんが、世界の中では「旧日本の帝国主義」というのは世界史の中では悪玉であり、その「帝国主義的な膨張」の一貫だということになると、尖閣の領有権に関しては日本の味方をする気が「失せて」しまうからです。

 ちなみに、帝国主義的な膨張というのは欧米列強も散々やったわけですが、どうして日本だけが悪玉になっているのかということには、2つの理由があります。1つは、帝国主義の最たるものであるナチスドイツとの同盟で最後の世界大戦を終盤は一国で戦ったこと、そしてもう1つは、その帝国主義的な戦争を行った「国体(国のかたち)」を護持したためです。

 ですから、中国としては、尖閣諸島の領有権確定を「日本の帝国主義」に結びつけ、それに日本が反発すれば、「現代の日本の主張は現在形での帝国主義である」というデタラメな批判が可能になるという、全く身勝手なロジックを持っているわけです。

 これに対抗するためには、まず尖閣諸島の領有権確定は、下関条約(1895年5月)とは全く無関係であり、1879年の沖縄県設置後に同県による調査後、県政整備の一貫として1895年1月に領有権の宣言に至っているという経緯を確認することが必要です。

 また、この1879年の沖縄県設置という問題を「琉球処分」という名称で、日本の帝国主義的な行動の1つであるようなニュアンスで捉えることが、自分の正義感なり、自尊心の満足になるという考え方があります。これは、沖縄=琉球というのが、実に平和的な「国のかたち」を持っており、それを尊重したいという気持ちの現れとして、一定の理解は可能という時代が続いていました。

 ですが、今回のPR合戦にも見られるように、中国がある事ないこと取り混ぜて攻勢をかけて来ている中では、沖縄県設置という事件は、50〜60年代の激しい祖国復帰運動の結果としての、現在の沖縄の安定的な形での日本への帰属へ続く文脈で理解すべきでしょう。

 もう1つは、日本の「国体(国のかたち)」についてです。戦争集結にあたって、国体の連続性はあるにしても、その後の長い戦後という時間を通じて日本の国体は帝国主義的な歪みから修復されているという点です。このことは、日本の官民が合わせて胸を張って良いわけで、現在形で日本が自国の領土の保全を図ることは帝国主義でも何でもないのです。

 こうした3点、尖閣諸島の領有権確定が下関条約とは全く無関係であること、沖縄県設置という事件は現代から遡って考えれば帝国主義的な行動ではないこと、そもそも現代の日本の国体(国のかたち)は帝国主義的な歪みから完全に修復されているということ、これら3点をしっかり確認することが肝要と思います。

 この3つの問題に「ぐらつき」があっては、どんなに派手な広告を米紙に出して対抗しても、相手の思う壺ということになる、ここは大切な局面であると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英CPI、2月は前年比+3.0%で1月と同率 中東

ビジネス

三菱マ、小名浜製錬所の銅製錬を停止へ 減損210億

ビジネス

キオクシアHD株、東芝とベインキャピタル系が一部売

ワールド

香港警察、黎智英氏の評伝販売で書店関係者4人逮捕=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆保険」を達成した中国の医療保険の実態とは
  • 2
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 3
    【クイズ】2年連続で「世界幸福度ランキング」で最下位になった国はどこ?
  • 4
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 5
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 6
    意外と「プリンス枠」が空いていて...山崎育三郎が「…
  • 7
    スペイン王室、王妃と王女の装いに見る「母から娘」…
  • 8
    「有事の金」が下がる逆説 イラン戦争で市場に何が…
  • 9
    「買ったら高いじゃん?」アカデミー賞会場のゴミ箱…
  • 10
    まずサイバー軍が防空網をたたく
  • 1
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 2
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 5
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 6
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 9
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 10
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story