コラム

アメリカではどうして「労働ストライキ」が可能なのか?

2012年10月01日(月)09時19分

 この9月には、アメリカでは大きな労働争議で「ストライキ」に発展したものが、3つありました。シカゴの教員スト、全米のNFL(プロ・フットボール)審判組合のスト、そしてアメリカン航空のパイロットによるものの3つです。

 一言で「ストライキ」といえば、それはそれぞれの会社の事情というように考えがちですが、この3つは、それぞれに大変に規模が大きく、社会的な影響も無視できないものでした。

 例えば、シカゴの教員ストは、結局1週間続き35万人という子供たちが影響を受けました。子供たちにとっては、新学期になっても学校が始まらないわけですし、急遽ベビーシッターを雇わなくてはならなくなった保護者など、市全体が混乱しました。

 結果的に教委と組合の妥協は成立したものの、オバマ大統領に近いエマニュエル市長(民主)は教委側で激しく組合と対立、共和党のライアン副大統領候補がその市長の「応援」という「嫌がらせ」に近い行動を取るなど、全国レベルの政界にも影響を与えています。

 また、NFLでは経営側が、契約の成立しない以上、審判組合のメンバーは「ロックアウト」するという措置に出ています。その結果として、アマチュアの審判を導入したのは良いのですが、アマといっても大学の一部リーグはシーズン中なので、3部リーグの大学や高校などの審判や、引退した審判を引っ張りだしたためにリーグは大混乱に陥りました。

 というのは、相次いで誤審が発生したからです。そのせいで、ニューイングランドのベリチック監督のように暴力的な抗議の余り、多額のペナルティを課せられるケースが相次ぎ、また観客からも非難が殺到することになりました。先ほどのライアン副大統領候補は、大統領選の遊説の中で「オバマ大統領はNFLの臨時審判のようなものだ」とやって、その場は受けたようですが、その審判の話が深刻化する中で、ジョークとしてあまり笑えないということになり、このネタはそんなに広まらなかったほどです。

 ちなみに、このシカゴの教員組合と、NFLの審判団は結果的にストに訴えた「成果」として、昇給や待遇改善を勝ち取っています。シカゴの教員は平均年収が7万4000ドル(約590万円)、NFLの審判は14万9000ドル(約1190万円)という決して低くない処遇にプラスして賃上げが約束されたのです。(シカゴの場合は、厳しい成果主義の導入を伴いますが)

 一方でアメリカン航空の一部のパイロット組合に関しては、厳密に言えばストではなく日本では死語となった「順法闘争」に近いものです。機長の職権で「整備不良」を指摘するとか、病欠を集中させるなどの「戦術」で、多くのフライトをキャンセルに追い込み、経営側に「労働条件交渉のテーブル」につかせようというのです。

 こちらの方は多くの乗客が不満を爆発させているために、大変に不評です。またアメリカン航空としても、破産法申請からの再建中で、交渉に応じる余力はないようです。もっとも、機長組合側によれば破産法申請も「回避可能だったものを、人件費カットの手段として破産を選択した悪質なもの」だという主張であり、お互いに一歩も譲らない構えになっています。

 では、アメリカでは「労働ストライキ」というのは多くの職場で一般的なのでしょうか? 必ずしもそうではありません。色々と根深い問題もあって、様々な職種や階層で「労働運動」が機能しているわけではないのです。例えば、農業やサービス業の低所得層は、多くの場合は不法移民であるために法律の保護が受けられない、従ってストライキを含む労働基本権を行使できない状況にあります。

 また組合の組織率は大きく低下していますし、組合組織は多くの場合はフルタイム雇用に限られているために、サービス業や流通業などのパートタイムの多い現場では労使関係は完全に雇用主のペースになっています。

 そうした状況であれば、教師やプロの審判や、場合によっては昨年のNBAのようにプロのバスケットボール選手がストをする、あるいはパイロットなどの高額所得者だけがストをするという中で、「ストをしたくてもできない人」や「ストによって迷惑をこうむる消費者」などが、怒りを爆発させるというようなことがあってもおかしくないように思います。

 例えば、日本の場合では(古い話ですが)1970年代の当時の国鉄のストの際には、怒った乗客による激しい暴動が起きており、それ以来、社会的に影響のある企業のストというのは徐々に難しくなっています。また公務員の場合はストが禁止されていることもあり、例えば大阪の橋下市長などが行っている激しいリストラに対して、組合がストで対抗することはできません。それ以前に世論の支持を得るのは難しいでしょう。

 ですが、アメリカではシカゴの教員も、NFLの審判もとりあえずストを打って待遇改善を勝ち取ったということが社会的に認知されているのです。それは「左派系のメディアによって報道が歪められている」というような問題ではないと思います。では、アメリカの民主党や組合の世界には「社会主義」的な思想が生きているのでしょうか? それも違うと思います。

 雇用側と労働者は対等であるべきという思想、アメリカの労働運動にあるのはそれ以上でも以下でもありません。労働者が正義で、資本家が悪というのではないのです。労働者と雇用側が対決するのも、あくまで民間の「私的な」争い、あるいは「民事係争」であって、あくまで対等なのです。そのルールの下で、労働者が処遇やワーク・ライフ・バランスを追求するために、団結権を行使する、それだけのことなのです。

 勿論、ストライキというのは、企業業績の足を引っ張りますし、ブランドイメージにも害を与えるわけです。直接的にユーザーに被害が行くということから、顧客優先主義的な発想からは害悪に見えるということもあるでしょう。ですが、少なくとも、そうした権利が、少なくとも権利があるということが認識されていることで、労使が対等だという思想が死なずに済んでいるという面はあると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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