コラム

日本のリーダーに求められる資質とは?

2012年09月10日(月)10時23分

 民主党と自民党の任期満了に伴う総裁選が迫ってきました。勿論、両党ともに総裁就任イコール組閣ということにはならないわけで、また、どちらかの新総裁が必ず首相になるとも決まったわけではありません。ですが、可能性としては両党ともに政権を担えるということが総裁の資質として必要であることは、これもまた間違いないわけです。

 では、現在の日本のリーダーには、どのような資質が求められるのでしょうか?

 1つは国家観です。国家観と言っても、領土紛争の舌戦が好きだとか、あるいは嫌いだとか、国のかたちがどうとかいう話ではありません。現在の日本は、経済社会の上で非常時であり、自分探しのイデオロギー論争を楽しむ余裕はないはずだからです。また、日本が大きな変革を必要としているのは間違いないにしても、その際に必要なのは、可燃性のイデオロギーに点火して得られるような形の求心力ではありません。

 国家観というのは、日本の経済社会に関する認識のことです。少子高齢化がこのまま進行したら、財政はどのように劣化し産業別の内需や生産力はどのように崩れてゆくのか、外需に期待する産業が競争力を失ったり、市場への適応に失敗して行った場合には、国力はどのように失われ、民生はどの程度の劣化を強いられるのか、そのような観点からの現状と予見しうる将来に関する認識、国家観とはそのような意味合いに他なりません。

 勿論、評論するだけではダメで、実行力が伴わなくてはなりません。国力への冷徹な認識に基づき、国家経営の限りある資源を官民含めてどのように活かすのか、そのために何を捨て、何を守り、何を新たに創造するのかということ、そうした取捨選択の感覚も大切です。

 壊死した部分はできるだけ早く切断し全身の状態の劣化を防ぐこと、守らねばならない原則や水準は何がなんでも守り切ること、新たな季節へ向けての種蒔きを怠ってはならないこと、そうした取捨選択がこの国に求められている、その認識は何としても必要でしょう。

 では、これからの日本のリーダーには、こうした国家の現状への冷徹な認識と、取捨選択を果断に実行する力があれば良いのでしょうか?

 実は現代の日本のリーダーに最も求められている資質は、これとはまた別のところにあるのです。もっと言えば、先ほど申し上げた「捨てる」「守る」「種をまく」の3つについて、仮に三元連立方程式に答えが見つかったとして、現状の日本では「最適解へ真っ直ぐ進む」ということは難しいからです。

 それは、どの改革も短期的には「改革により得をする人より、改革がされない方が有利な人の方が多い」ということが1つ、これに加えて「有効な改革のために現状を直視すればするほど、より困難な将来像が浮かび上がる」という構造があるからです。

 そのような構造のために、最適解に近い政策の多くが「不人気」ということになります。そこで、リーダーには「不人気だが最適解に近い」政策を実現する能力が求められるのです。もっと酷なことを言うならば、限りある国富と国力を前提にしたときに、改革の名の下に、多くの層に「不利益変更」を受け入れてもらわねばならないわけです。

 この種の調整にあたっては、小泉内閣以来ずっと既得権者を抵抗勢力として弾劾するような力比べが続いてきました。大阪の橋本市長の手法も、その延長線上にあります。民生が向上して行かない不満、あるいは劣化する不安を集約して政治的なモメンタムとし、少なくとも既成組織の破壊だけは完遂するという手法ですが、これももう限界です。

 それは中長期的な社会の存続ということが、政策の最適解を決める前提であるとして、中長期的にこの国の中で利害を持つ若年層よりも、長期的な利害に鈍感な中高年の方が多数派になりつつあるからです。つまり多数派に、ある種の権利を放棄させるという説得が必要になるからです。放棄させる対象は、個人だけでなく、年輪を重ねた会社や地方自治体といった組織も同じです。

 そのような説得は、カリスマ的な世襲君主や、強権的な独裁者でもない限り難しく、現代の日本では不可能です。人々の憤怒を集約すれば一時的に強い権力を作ることはできますが、維持するのは難しいし、新しいことを生み出すための合意形成には、違う形の深謀遠慮が必要だからです。

 やはり、奇策はないのだと思います。政党政治の延長上に人々を説得し、長期的な大義と引き換えに不利益変更を受け入れさせる、その合意形成のために困難を承知で骨を折る、少なくとも苦しみつつ努力している姿を示し続ける、そのようなリーダーシップしか、現実的には想定はできないように思われます。

 合意形成の捨石になる覚悟を秘めつつ、ひたすらに忍耐と説得を続ける地味な粘り強さ、そのようなリーダーシップが求められていることを、少なくとも理解していること、これが現在の日本のリーダーとして求められる資質であると思われます。

 地味な粘り強さといえば、就任直後の野田総理が示した自称「ドジョウ」の「低姿勢」が思い出されます。ですが、あの程度では全くダメなのです。もっともっと肝の座った重心の低いものでなければ、厳しい現状に対して拮抗することはできないでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 9
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 10
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story