コラム

世界経済の文脈から見た「消費税法案衆院可決」

2012年06月29日(金)12時50分

 まず、今回の可決を受けて超円高にはなっていません。日本が、大変な思いをして消費税率アップへの合意形成をしつつあるのに、まるで、世界の金融市場は無反応という感じです。では、市場は日本の判断を評価していないのでしょうか。

 そういうことではないと思います。まず、現在進行している円高というのは、円高であるというよりもユーロ安であり、ドル安であるわけです。ギリシャやスペインの危機が進行する中で、ユーロが売られる、また、そのヨーロッパを間接的に支援するために、あるいは国内景気の回復のために、ドルの流動性供給は続いているわけです。

 こうした、ユーロ安、ドル安の圧力の「はけ口」として、現在の円高があるわけです。その圧力のスケールが大きいこと、そしてあくまで円高であるとか、日本の国債の高騰という現象は、消極的な「受け皿」であることから、今回の可決イコール「日本の財政好転」という材料での「更なる円高」にはなっていないのだと思われます。

 では、現在の円高が、消極的なものであるならば、そしてユーロとドルの巨大な加工圧力を受け止めているだけなのなら、ここで日銀が金融緩和へ転じても、円安にはできないのでしょうか?

 必ずしもそうでもないと思われます。まず、何と言っても、日本のような大きな国の大きな通貨を発行する中央銀行が、明確に意志を表明するというのは大きなことだからです。日本銀行が、このタイミングで流動性供給へ踏み込めば、円安への誘導は可能だと思われます。

 では、日銀はどうして流動性供給を頑固なまでに、自制してきたのでしょうか? それは、GDPの200%を越える負債を抱えた日本では、金融緩和に失敗すると、超円安とハイパーインフレを起こしかねないという、危機意識があるからです。

 ですが、この消費税率をアップするという断固とした姿勢を見せたこのタイミングで、流動性供給を見せるということは、必要な効果を引き起こすことはできるのではないか、そのように思われます。

 では、流動性供給に走ることが、ハイパーインフレを惹起する危険はどうかという問題ですが、勿論そのリスクはゼロではありません。ですが、これだけ大きな増税を世論の前向きな覚悟とともに合意ができるのであれば、そのことの説得力と言いますか、ある種の重みというのは出るし、それが国債や通貨の暴落阻止として効果を持つことになるのだと思います。

 では、仮に増税で財政が好転し、金融政策で「理不尽な円高」にストップがかけられたとして、そこで政策としてはどんな方向を向いたら良いのでしょう。

 3つあると思います。

 まず、必要な歳出カットを進め、歳入増と合わせて財政規律の確保を確かなものとすべきです。

 次に、歳出については「中長期のリターンとしてのGDPへの寄与」という観点でプラスのものに限るべきです。競争力を失った産業に延命資金を回して焦げ付かせるのではなく、ポスト産業化社会での最先端から脱落しないための投資に集中する、次世代を産み育て上げて社会を縮小させないために生きたカネを使うなど、今度こそ選択を誤らないようにしなくてはなりません。

 最後に、財政と為替が現在より適度な範囲で好転した時期を、一定の期間確保したとして、そこで「一息ついた」余裕は、中長期ベースの抜本改革へと回すべきです。なかでも教育の国際化・高度化は、時間のかかる問題であり、この機会に着手しなくてはタイミングを逸することになるかもしれません。

 いずれにしても、ヨーロッパやアメリカが深刻な財政危機を抱える中で、財政規律へと明確に歩み出した日本を市場は注視しています。国内政局の人間ドラマを見物している余裕はないはずです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

台湾巡る日本の発言は衝撃的、一線を越えた=中国外相

ワールド

中国、台湾への干渉・日本の軍国主義台頭を容認せず=

ワールド

EXCLUSIVE-米国、ベネズエラへの新たな作戦

ワールド

ウクライナ和平案、西側首脳が修正要求 トランプ氏は
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 6
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 7
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 8
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story